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2025/07/22 更新

大手企業とベンチャーで法務業務はどう違う?現場から学ぶキャリア選択のヒント

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はじめに

法務部員としてキャリアを重ねていく中で、多くの人が一度は自身の進むべき道について思いを巡らせると思います。

日々の業務をこなしながら「このままで自分の専門性は本当に高まるのだろうか」「自身の市場価値をより高めるためには、どのような環境に身を置くべきか」といった問いが、ふとした瞬間に頭をよぎることは珍しくありません。
そのキャリアの岐路において、特に大きな選択肢となるのが「大手企業で専門性を深めるか」それとも「ベンチャー企業で裁量権を持って働くか」という問題です。

安定した大手の環境でじっくりと専門性を磨く道と、変化の激しい環境で幅広く経験を積む道。
どちらにも違った魅力があり、またそれぞれに特有の厳しさも存在します。

私自身、これまでのキャリアで双方の環境を見聞きし、また多くの法務専門職と出会う中で、この二つの世界が似て非なるものであることを痛感してきました。
インターネット上には様々な情報が溢れていますが、その実態は、実際にその環境に身を置いた者でなければ分からない側面も多くあります。

そこで今回の記事では、これから法務としてのキャリアをどう築いていくか悩んでいる方々、あるいは、現在の環境から次のステップへと転職を考えている方々のために、大手企業の法務とベンチャー企業の法務、その具体的な違いについて、できる限りリアルな視点からまとめておこうと思います。

 

1.大手企業の法務

まず、大手企業の法務部がどのような場所であるか、その特徴から見ていきましょう。

一般的に、大手企業の法務部は、安定した組織基盤と、確立された業務プロセスを持つ、いわば「法務の王道」を歩むことができる環境です。

大手企業の法務部(関連する部門を含む)の最大の特徴は、その組織規模にあります。
法務部員そのものが5名以上いることが普通で、多い時は数十人、場合によっては百人単位で在籍している会社もあります。
その中には弁護士資格を持つインハウスローヤーが複数人いることも珍しくありません。

この潤沢な人員体制があるからこそ、業務の「細分化」と「専門特化」が可能となります。

例えば、契約法務一つをとっても、その担当範囲は細かく分かれています。
販売代理店契約を専門にレビューするチーム、業務委託契約を専門に担当するチーム、あるいは、日々大量に発生する秘密保持契約書(NDA)だけを専門に行う担当者などもいます。

また、契約の種類ではなく、事業部や子会社ごとに担当が割り振られることもあります。
特定の事業部のビジネスモデルや特定の子会社の海外展開に深く関与し、その分野の法務プロフェッショナルとしてキャリアを積んでいくのです。

これは契約法務以外でも同様です。
広告審査を担当する人は、景品表示法、特定商取引法、個人情報保護法といった関連法規を日々追いかけ、その分野の第一人者となっていきます。
商業登記や株主総会対応を担当する人は、会社法のエキスパートとして、組織法務の根幹を支えます。
その他にも、個人情報保護だけに特化した法務部員などもいますので、大手は安定した身分を確保しつつ特定の分野を極めるということに適した環境です。

このような大手の環境は、特定の分野で誰にも負けない知識と経験を身につけたいと考える人にとっては、非常に魅力的な環境と言えるでしょう。

なお、大手企業であっても、会社によっては、計画的な人材育成の観点から部署内でのジョブローテーション制度が導入されていることもあります。
例えば数年ごとに契約法務からコンプライアンス部門へ、あるいは知財部門へと異動し、多角的な視点を養う機会が与えられるのです。
これにより、一つの専門性に偏ることなく、バランスの取れた法務人材を目指すことも可能となっています。

しかし、このような大手の仕組みは、若手にとっては成長の足枷となる側面も持ち合わせています。

新卒でいきなり法務に任命される人は珍しいですが、仮にそういう方がいたとしても、一人前の法務といえるようになるまでに最低でも10年ほどかかると思われます。
実際のところ、私の知る限りでは10年経っても特定の狭い分野のことしかわからないという人が多いのが実情です。

また、基本的に大手の法務部及び関連する部署には、部長、課長、係長、担当者といった明確な階層が存在し、業務の難易度に応じて担当者が割り振られます。
そのため、M&Aにおけるリーガルデューデリジェンスや会社の将来を左右するような大型訴訟、経営の根幹に関わるような法律問題といった、極めて難易度の高い法務業務については、経験豊富なインハウスローヤーや部長クラスの人しか直接触れることができないのが実情です。
したがって、上記で挙げた難易度の高い貴重な法務経験を積める人は極々僅かです。

若手の法務は、まずは定型的でリスクの低い業務から担当し、経験を積む中で徐々に担当範囲を広げていくことになります。
これは、着実に成長できるというメリットがある一方で、自分の裁量で大きな仕事に挑戦する機会が限られることを意味します。

さらに、大手では意思決定のプロセスも長く、一つの案件に多くの人が関わるため、自分が貢献できる範囲は限定的にならざるを得ません。
結果として、幅広い経験を積んで一人前の法務として認められるまでには、相応の時間がかかることを覚悟する必要があります。

もちろん、このような大手の環境には大きなメリットも存在します。

何よりもまず、身分が安定しているという点が挙げられます。
充実した福利厚生、確立されたコンプライアンス体制、整った研修制度など、安心して長く働くための基盤が整っています。

また、一般的な大手法務の能力を基礎に考えると、その報酬も社会全体の平均から見れば比較的高い水準にあります。
大手企業は給与の支払い能力が高いので、お金を稼ぐという点においては大手の方が有利です。

したがって、このような安定した環境で特定の専門性をじっくりと深め、着実にキャリアを積み上げていきたいと考える人にとっては、大手企業の法務部は理想的な職場と言えるでしょう。

 

2.ベンチャー法務

次に、ベンチャー企業の法務について見ていきましょう。

ベンチャー法務の最大の特徴は「少人数体制」にあります。
法務担当者は基本的に「一人法務」であることが多く、ある程度組織が大きくなったとしても、2名から3名程度で企業活動の全てを支えなければなりません。
この体制が意味することは、大手企業のような業務の細分化はほぼ不可能ということであり、一人の担当者が法務に関するあらゆる問題に対応しなくてはならない、ということを意味します。

たとえば、契約書レビュー、新規事業の適法性調査、サービスの利用規約の改訂、プライバシーポリシーの更新、各種登記手続き、従業員の労務問題、訴訟対応、知財取得・管理、その他あらゆる法務関連業務がすべて自分の担当分野になります。
場合によっては人数不足のために、内部監査や労務業務の分野も一部担当することになるので、多種多様で脈絡のないタスクが、文字通り洪水のように押し寄せてきます。

しかも、仮に社内にインハウスローヤー(弁護士資格保有者)がいたとしても、その多くは経験の浅い若い弁護士ばかりなので、あまり頼りにならないということが多いです。
結局は自分で調べて、自分で勉強して、自分で納得の行く意思決定をするしかないのですが、そのための十分な時間は用意されていません。

さらに、ベンチャーは大手とは全く異なる時間軸で勝負をしないといけないので、法務もそれと同等のスピード感を求められます。

このような環境であるため、ベンチャー法務を担当するには、弁護士資格を持っているだけでは到底知識が足りません。
本人のことを考えると、少なくとも5年以上の企業法務の実務経験(企業法務専門の法律事務所での経験でも可)を積んでいることが望ましいと思います。

逆にいうと、十分な実務経験や知識がない状態でベンチャー法務を担当すると、常に曖昧な知識のまま、比較的高度な経営判断に関与しなくてはならないという、極めて大きな精神的プレッシャーに苛まれることになります。
これに耐えられずに辞めてしまう法務も多いので、注意が必要です。

そして、ベンチャー法務を語る上でもう少し詳しく話しておかないといけないのが、先程述べた「スピード感」です。
この点についてはいくら語っても足りないかもしれないので、できる限り詳細に述べておきます。

まず、ベンチャーの世界では、恐ろしいスピードで意思決定がなされます。
むしろ意思決定のスピードが遅いベンチャーは、すでにベンチャーではありません。
勢いのあるベンチャーでは、朝令暮改なんて日常茶飯事で、数時間後に真逆の意思決定がなされるなんてこともよくある話です。
そうなると法的な論点も一気に変わるのですが、そんなものはお構いなしで意思決定がなされます。
当然ですが、途中まで調べていたことが無駄になるということもよくありますし、作った資料が無駄になることも日常です。

また、事業の方向性が数ヶ月単位で変わること(こういうのを「ピボット」と表現したりします)もよくありますし、事業の一部譲渡や買収なども最近ではよく行われています。
さらに、競合他社との熾烈な競争に打ち勝つため、とにかく早くサービスを市場に投入することが最優先されるケースも多いです。

このような文化の中では、法務担当者が一つの作業にじっくりと時間をかけて、完璧なリサーチを行うということは基本的に許されません

そもそも、事業部及び経営陣からは「法務ならば法律に関することはすべて知っている」という前提で、即断即決を求める依頼が次々と舞い込んできます。
ベンチャーの法務担当者としては、過去の豊富な経験則から予測したリスクの重要度に応じて優先順位を付けて対応するしかありません。

そして時には「まだ7割程度の調査しか終わっていないけど、進みながら考えよう!」というリスクテイクが求められます。
私も過去に何度もヒヤヒヤする場面に遭遇していますが、それがベンチャー法務の日常です。

このスピード感とプレッシャーに耐えられず、心身ともに疲弊して脱落してしまう人が多い世界なので、あらかじめ覚悟を持って入るべきだと思っています。

もっとも、この過酷な環境は、裏を返せば、他では得られないほどの急成長の機会を秘めているということでもあります。

ベンチャー法務は、経営層との距離も極めて近いので、自社の事業がどのような意思決定プロセスを経て動いていくのかを、当事者として間近で見ることができます。
そのため、基本的に全ての法務業務を経営直下で受け取り、自分自身で調べて、考えて、意思決定に参画するという経験を積める環境です。
そのような環境で積む法務実務の経験密度は、大手とは比較になりません。

また、自身が行った各種のリーガルチェックが、ダイレクトに事業の進捗や成否に影響を与えますので、強烈な当事者意識が芽生えます。
法務としては、この当事者意識がとても重要で、自分が経営に参画しているのだという意識を持てる人じゃないとベンチャー法務は務まらないと思うほどです。

上記の他にも、ベンチャーでは毎日いろいろなことが起こるので、日々降りかかる多種多様な課題解決の経験を積める環境があります。

このような環境で当事者意識を持って5年くらい戦っていれば、法務としての実力を短期間で飛躍的に向上させることができるでしょう。
本人の学習意欲と精神的なタフネス次第では、大手企業にいる同年代の人たちと比べて数倍のスピードで成長できる可能性があります。
したがって、大きな裁量権を持ち、事業の成長にダイレクトに貢献したい、そして何よりも自身の成長スピードを最大化したいと考えている人にとっては、ベンチャー法務は挑戦しがいのある刺激的な環境と言えます。

 

3.ベンチャー法務に行くなら実務経験を積んでから

ここまで、大手企業とベンチャー企業の法務の違いについて、それぞれ述べてきました。

これらを踏まえた上で、もしあなたが将来的にベンチャー法務の世界に挑戦したいと考えているのであれば、私はとしては、まず大手企業や企業法務を専門とする法律事務所で、3~5年の実務経験を積んでからベンチャーに入るべきだと思っています。
なぜなら、ベンチャー企業は基本的に体制が整っていないからです。

これは単に人数が少ないというだけでなく、業務マニュアルや過去のナレッジの整備すらされておらず、体系的な教育制度や研修制度なども全く存在しないことが多い、ということを意味します。
そのような場所に十分な知識や経験がないまま飛び込んでしまうと、常に曖昧な知識のまま、自己流で判断を下し続けることになります。
周りに適切なフィードバックをしてくれる先輩や上司もいないため、自分の判断が正しかったのか間違っていたのかを検証する機会すらありません。
結果として、間違った判断を積み重ねてしまい、法務としての成長が頭打ちになってしまう危険性が非常に高いのです。

そして、経験不足の法務担当者が陥りがちなのが、顧問弁護士への「伝書鳩」となってしまう状態です。
自分自身で法的な論点を整理し、リスクを分析して判断を下すことができないため、事業部から来た質問をそのまま顧問弁護士にメール等で転送し、その回答をまたそのまま事業部に伝えるだけの単なる連絡係のような仕事に終始してしまうのです。
このような仕事に、法務としての付加価値はほとんどありませんし、事業部の担当者が直接顧問弁護士に聞いた方が早いくらいです。

これでは専門職としての成長は望めず、やりがいを感じることも難しいでしょう。
そうならないようにするためにも、まずは法務としての「基礎体力」を身につけることが不可欠です。

大手企業や法律事務所で得られる「基礎体力」とは、契約書レビューにおけるリスクの洗い出し方、法務リサーチの具体的な方法論、事業部に対するヒアリングの作法、法務としてのフレームワークなどです。
これらを法務の先輩や先輩弁護士から学ぶことで、基礎的なスキルを身につけていってください。

基礎的なスキルを一度身につけてしまえば、たとえ未知の法律問題に直面したとしても、どのようにアプローチすれば解決の糸口が見つかるのか、その道筋を立てることができます。
この基礎体力がないと、ベンチャーの予測不能でスピードの速い環境下では生き残れないと思います。

 

おわりに

大手の法務とベンチャー法務では、最終的にどちらが良いかはわかりません。
身分の安定でいえば圧倒的に大手が上で、成長可能性や経営参画という意味ではベンチャーが上です。

それぞれにメリット・デメリットがあるので、慎重に考えて、キャリアを選択してください。
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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著者画像

株式会社WARC

瀧田桜司

役職:株式会社WARC 法務兼メディア編集長/ 学歴:一橋大学大学院法学研究科修士課程修了(経営法学)及び京都大学私学経営Certificate/ 執筆分野:経営学・心理学・資格・キャリア分野のコラム記事を担当させていただく予定です

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