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コラム
2024/12/26 更新

法務人材不足の原因と採用に成功するためのコツとは

はじめに

長年ベンチャーで法務をしている関係で、法務人材又は法務マネージャークラスの人材について相談を受けることが多くあります。
その多くは法務の採用に関する相談で「法務人材の知り合いいないですか?」または「うちに来てくれませんか?」という相談です。
私なんぞのところに相談に来るということは、それだけ切羽詰まっている状況なのだと思うので、よほど転職市場に法務人材がいないのでしょう。

この点について気になったので、転職市場の状況を聞いたところ、かの有名なダイレクトリクルーティングサービスですらベンチャーで活躍できそうな法務人材は少数とのことでした。
これは危機的状況じゃないかと思いまして、弁護士や法務をやっている知人らに聞いてみたところ、何となく理由がわかってきました。

今日はそのお話をしていきたいと思います。

 

1.法務人材が抱える問題

まずお話したいのは法務人材全般が抱えている問題についてです。
特殊性と言い換えてもいいかもしれません。

多くのベンチャー企業にとっては、そもそも「法務」という職種がどういうものなのかを理解できる接点があまりありません。
「顧問弁護士の劣化版か事務員みたいなもんだろ」という人までいます。
実際その要素はありますけど、それを言葉に出しているような会社で法務をやりたいと思う人がいるかな?とも思います。

法務人材を採用したいと思う場合、会社側として最初にやるべきことは、法務という職種への理解です。
これがわかっていないと採用・定着は難しいと思うのです。

そこでまずは法務人材が抱えている各種の問題を挙げていきましょう。

 

(1)法学の習得に時間がかかりすぎる

今はもう昔の話になりつつありますが、理系の医学部と文系の法学部はどちらも大学内最高の学力を有する者が集まる学部でした。
しかし、司法制度改革という間抜けな改革が行われた結果、現在では法学部志望者が激減していて、それに伴って法学徒の最高到達点である司法試験受験生の数も激減してしまいました。
受験生の数は、全盛期と比べると10分の1以下にまで減少しています。
高い学力を有する優秀な人材が法学系に進まないという事態が既に何年も前から発生しているのです。
一部の進学校では法学部に進学しようとしている優秀層に対して「法学部だけはやめておきなさい」と進路指導をしているそうで、深刻な事態だなと思っています。

他方で、法学そのものの難しさはあまり変わっていません。
極めて広い範囲を網羅する法学という学問は、一生をかけても終わりが見えないほど広い学問です。

そして、ビジネスにおける法学分野(通称ビジネスロー)は難易度が高く、身につけられる人間が少数しか存在しません。
「企業法務なんて俺だってできる」と勘違いしている人はとても多いのですが、実際に企業内で法務として上手くやっていける人は極めて少数です。

法学は、どんなに頑張っても、ある程度の知識を身につけるのに6~10年かかるので、よほどの物好きでもない限り歩み続けられない長い道です。
6年で司法試験を受験できるレベル(合格は難しいけど一応戦えるレベル)まで到達できれば相当早い方だと思います。
世間一般でいうと秀才に属すると思います。

そこから企業法務として使い物になるレベルに到達するためには、最低でも2~3年かかります。。
したがって、法学を勉強し始めてから法務として一人前になるまでに合計8~13年かかる計算です。

この時点で30代半ば以上になっていると思うので、一般的なベンチャーが欲しがる年齢層からは少し外れてしまいます。
それに法学にそこまでの期間をかけるなら、司法試験を目指して弁護士になって働いた方が良いとも思います。
実際のところ、8年以上真面目に法学と向き合っている人の多くは司法試験に合格できていると思うので、わざわざ法務になろうという人は少ない印象です。

このような事情から、優秀な法務人材というものはなかなか出会うことができません。
若くて優秀な人なら司法試験に受かって大手または中堅事務所で高い年収を得ていることが多いので、尚更一般企業向けの転職市場にはでてきません。

ただ、年齢を考慮しないで良いのであれば、見つけることができる場合があります。
例えば司法制度改革前の司法試験(通称、旧司法試験)を目指していた人たちなどです。
旧司法試験は今の司法試験と比べると鬼のような難しさの試験でしたので、長くやっていれば受かるというタイプの試験ではありませんでした。
それゆえに、今の司法試験なら十分に合格を狙えていたであろう人たちも多く存在しています。

そういう方々が企業の法務部員として働いて、現在はビジネスローの専門家といえるほどの経験者となっています。
年齢でいうと40代~50代くらいになっているでしょうから、そのあたりの人材であればベンチャーでも採用できる可能性はあると思います。

しかし、この年齢層はベンチャーとは相性が非常に悪いです。
年収帯がまず合いませんし、法務業務のスピード感(良い意味でも悪い意味でも慎重な人が多い)もベンチャーでは全く通用しないスピードだと思います。
更に言うと、ベンチャーの文化が合わないという人が多いです。

 

(2)若手法務を育てる土壌がない

上記のとおり、法務部員として十分な活躍ができるようになるには、早くても10年程度の月日がかかります。
法学部で4年間、ロースクールで2年間、実務で4年間ほど経験を積んでやっと法務部員として生きていけるかなという感じです。

しかし、若手(20代前半~20代後半)のほとんどの人たちは法務という職種に就くことができません。
司法試験の合格率は2割くらいなので、受験を継続しない人たちはその時点で社会に放たれるのですが、社会は大変厳しい世界なのでそういう不合格者を法務として採用してはくれません。
その結果、全然若手が育たないのです。

転職市場に優秀な法務人材が少ないのは、そもそも市場全体として育てる土壌がない点にも原因があります。
というか、育てる気すらないでしょう。

ほとんどの企業では、即戦力法務がほしいので、実務経験を3年以上求めがちです。
最近では5年以上としている企業も増えてきました。

しかし、未経験法務を採用するところが極めて少ないので、その3~5年の実務経験をどうやって得るのだという問題があるのです。
多くの企業が新卒法務を採用していない以上、実務経験を得られるのは極めて運の良い一部の人間たちだけです。
それ以外の人たちは法務とはほとんど関係がない職種に行くことになります。

なお、司法試験を断念した人たちは、試験科目に親和性がある公務員試験を受けて公務員になることが多いです。

 

(3)企業側の理解がほとんどない

ベンチャー企業側が司法試験の受験生の実情をあまり理解していないという点もかなり深刻だなと思います。

多くの企業は、新卒といえば22歳~23歳だと考えています。
修士卒でも24~25歳だという認識です。
これ自体は間違いではないですし、実際そのくらいの年齢層の人たちが大手企業の新卒採用を受けます。

しかし、ベンチャーの多くはそもそも新卒採用をしないので、25歳以上なら社会人経験者という認識でいます。
基本的にベンチャーは即戦力採用しかしないので、20代後半からはある程度自走してもらわないと困るというのが実情だと思います。
これを法務人材にまであてはめて考えてしまう企業が多いのです。

そもそも、ロースクールを卒業した人たちの多くは卒業時点で25~28歳くらいになっています。
新卒社会人というには年齢が行き過ぎていますが、法務業界では全然若手の年齢です。
もっといえば、この年齢でもまだ職歴なし、社会人経験無しという人が多いです。

司法試験の受験生は、通常の修士卒とは異なり、新卒後に司法試験が控えているため、普通は就活なんて一切できません。
その結果、よほど器用に就活と司法試験受験をこなさない限り、第二新卒として企業を受けることになります。
通常は1度の不合格で諦めるなんてしませんので、2~3回ほど受験して、それでもダメな場合に初めて就活をすることになります。
この時点では30歳近い年齢になります。

このような事情を理解しているベンチャー企業はとても少ないので、客観的に見ると30歳前後で職歴なしの未経験にしか見えないのです。
わざわざリスクを冒してまで30歳前後の未経験法務を採用しようとする会社は少ないと思いますので、なかなか経験を積む機会に恵まれません。

 

(4)学習費用が高い

司法試験などを目指さなくても、企業法務自体は自分で勉強することができます。
そのような法務大好き人間は、自費でビジネスローを学び続けることになりますが、このときの書籍代は月に1~3万円程度かかります。
私自身、未だにそれくらいの書籍代が毎月かかっています。
高いときは月に5~8万円くらいのお金を書籍代に使います。

知人弁護士らに聞いてみたところ、月に平均3万円程度の費用が書籍や勉強系の費用でかかっているそうです。
法学系の専門書は平均4,000円くらいしますので、それを月に2~5冊読むとそこそこ費用がかかるのです。

それに加えて企業法務として十分な活躍を目指すのであれば、会計や経営学系の勉強も必須になってくるので更に費用が嵩みます。
しかも、法律は常に改正されるので、数年ごとに学び直さないといけません。
ビジネスローという改正が多い分野だからこそ、常に本を読み続けないといけないのです。
本を読まなくなった法務はその時点で成長が止まるので、人材としては使えなくなっていきます。

この費用を自己負担で出し続けられる人はあまり多くないでしょう。
ましてや法務以外の職種に就いている人が自己負担で学び続けるのは無理があります。
法学書が山程置いてある大型図書館の近くに住んでいるなどの特殊事情がない限り、日常的な学費がかかりすぎるのです。

これも法務人材がなかなか増えない原因の一つだと思っています。

一般企業で法務をやっている人たちの成長が著しく鈍いのも、勉強する人が少ないことに加えて、書籍代がかかりすぎるからでしょう。
書籍代補助の制度がある会社はとても少ないので、わざわざ自腹を切ってまで法務の勉強をしようという人はほとんどいません。
結果的に自社内で実際に使う部分だけしか学ばない人が多くなります。

優秀な法務人材が育たない環境が整っているなと感じています。

 

(5)企業内法務の難易度が高い

続いて、運良く企業内法務の職種に就けた場合のお話をします。

企業内法務の職種にありつけた人材は、企業法務分野を目指す人たちの中でも1割にも満たない程度だと思います。
企業法務を目指す人たちの多くの人は法務とは全然関係ない仕事に就きますので、法務になれた時点で幸運な人です。

そして、企業内法務を実際にやってみると、企業内法務の難易度の高さに気づくと思います。
運良く法務として社会人デビューを果たすと、今まで学校で学んだ「法学」というジャンルと「法務実務」というジャンルが全く別物だということにまず気づくはずです。
イメージでいいますと、法学部やロースクールで学んだことの8~9割は全く使わないと思います。

そもそもビジネスローの大半が試験に関係ない法令ばかりなので、多くの場合は一から学び直す必要が出てきます。
法学の根底に流れる概念や思考法は大変役に立つのですが、知識としてはほぼゼロスタートといっても過言ではないでしょう。

ベンチャー経営者の方から時々「弁護士資格持ってる法務を雇ったんだけど全然使えなかった上にすぐ辞めちゃったんだよね」という相談を受けますが、その理由はおそらくここにあります。
弁護士実務(訴訟実務)と企業内法務実務(主に予防法務実務)には大きな乖離がありまして、企業内法務の腕を磨く場合、弁護士としてはほぼ役に立たない知識を学び直さないといけなくなるので、弁護士さんにとってインハウスで働くことにメリットが感じられにくいという状態になりやすいです。
弁護士さんはいつでも独立してやっていけるので、結構すんなり辞めます。

その上、法務という職種は会社の事業によって適用法令がガラッと変わります。
ゆえに、コングロマリット型(多角化が進んでいる会社)の企業の法務になってしまったら、とてもじゃないですが1年で学び切ることは不可能となります。
そのため、最初の1~2年はインプット型の勉強で手一杯になることが多いです。
2年で一通りの知識をインプットできたとしたら、その人はとんでもない努力家です。
ほとんどの法務は浅い学習だけで「自分は十分な知識を得た」と勘違いして、過信にまみれたキャリアを歩みます。

本当に優秀な法務は、企業法務で使う法令の多さと深さを理解できる人たちなので、極めるのにどれだけ時間がかかるかを想像できるはずです。
2年である程度使い物になるレベルまで学習できたら相当優秀です。

しかし、こういった学習努力を他人からは理解されません。
褒められることもなければ、気づきもされないでしょう。
法律という分野の難しさを理解してくれている人は社内にほとんどいませんから、法務は基本的に理解されにくい職種です。

法務に対する理解があるのは、法学に知見のあるCEOが経営する企業やレベルの高い方々が多く在籍している東証一部上場企業の法務部くらいだと思います。
そのため、ベンチャーの法務は、最初は猛烈な孤独感を抱くと思います。
経営陣が法律分野を軽視しているタイプだとしたらもう絶望的です。

ベンチャーの法務があまり定着しない理由もおそらく上記のような特殊性にあります。

ベンチャーでは、スピードが命です。
多少グレーな部分があってもリスクを取るのがベンチャーの通例です。
そのため、契約書チェックやリーガルチェックでもスピードが求められます。

でも、経験の浅い法務又は経験はあるけど知識が浅い法務の場合、どうしても時間がかかります。
1~2週間は調査してから回答したいと思うのが普通です。
大手企業の法務の皆さんはその程度の時間をかけてチェックしていることが多いです。
場合によっては1ヶ月かけて調べているという部署もあるほどです。
上場企業だからしょうがないところはありますが、ベンチャーだとそんなに待ってもらえません。

ベンチャーの法務に残された選択肢は3つです。

  1. いろいろ諦めてリスクを取る(リスクを取るのは法務)
  2. 文句を言われてもしっかり調べてから回答する(大抵無能だと思われる)
  3. 必死に勉強してスピードを上げる(理想)

ベンチャー法務で最も多いのは1です。
とても粗い仕事をする法務が多く、法的なリスクの多くをカバーできていません。
環境的にそれを強要されることも多いので、法務が悪いというよりは、ベンチャーの特殊性の一つといった方が良いかもしれないです。
こういう環境下で働き続けている法務は、遅かれ早かれ疲れ果てるので転職していきます。

かといって2の選択肢を取っても、ストレスが溜まることになります。
会社のリスクを最小化するために必死に調べて対応しているだけなのに、事業部や経営陣から常に急かされて、仕事が遅いと罵られることになるので、こんなのやってられないとなるでしょう。
私の知り合いにもすでに何名も辞めております。
気持ちは痛いほどよくわかります。

そして3の場合は、やればやるほどベンチャーにいる理由がなくなります。
3ができるような法務部員なら、ほぼ確実に東証一部上場企業の法務に行けると思いますし、その方が報酬も高く、法務への理解もあり、福利厚生も充実しています。
何なら書籍代も会社がすべて負担してくれます。
なおかつ、大手の方が規模の大きな法務実務が学べますし、知的好奇心がくすぐられるような素晴らしい実務経験が積めます。
その結果、優秀な人材ほど大手に行きます。

ついこの間も私の知人がベンチャーから大手に転職しました。
ベンチャーの頃より働きやすくなった上に、報酬が倍近くまで上がったそうです。
そりゃ転職しますよね。

 

(6)他部署とのコミュニケーションが難しい

弁護士の場合はある程度コミュニケーション能力が低くても何とか生きていけることが多いのですが、企業内法務の場合はコミュニケーション能力が低いと高確率で詰むことになります。

あまり優秀ではない法務は、契約書チェックや法務系の相談等を法務のみで完結させて、法務だけの視点で法務だけのために行います。

しかし、それは大きな間違いです。

法務というのはただの機能であって、内部統制の中の一つの役割にしか過ぎません。
法務が行う様々な意思決定が、その後の経理、財務、IR、総務、労務、人事、事業部等に派生的に影響を与えます。
そのため、経理的に問題がないか、財務的に問題がないか、適時開示は必要か、株主総会や取締役会は必要か、人事や労務に影響を与えるか、事業部にとって交渉しやすい内容か、などの様々な視点で考えないといけません。
場合によっては様々な部署のトップに確認を取る必要もあるので、社内でのコミュニケーション能力が必須になってきます。

これらの調整及び判断ができるようになるためには、法学の知識だけでは到底足りません。
財務・会計の知識はもちろん、経営全般に関する総合的な理解が必要なのです。
もっといえば、人間の心や社内政治に関する知識まで必要です。
それらがないと法務は簡単に孤立しますし、ただのボトルネック部署だとみなされます。

このような総合力を有する法務は、実際のところほとんどいないというのが現状です。

 

(7)変わった人が多い

これは法学系あるあるなのか、法律系職種あるあるなのかわかりませんが、法務にはちょっと変わった人が多いという特徴があります。
変人の数なら公認会計士も負けてない!という声がどこかから聞こえてきそうですが、この点に関しては法務の圧勝だと思います。
愛すべき変人であれば微笑ましい話になるのですが、残念ながらすべての人がそうというわけではありません。
仕事に支障をきたすような感じの変な人も多いのです。

私の感覚でいうと、8:2くらいの割合で変わった人たちなので、性格的に普通の人ならもうその時点で法務として採用したいと考えてしまいます。
法律知識なんて別に勉強すればいいだけなので後からでも教えることができます。
その会社に必要な法律知識を要点だけかいつまんで学ぶだけなら、優れた上司がいることを前提とすれば2年もあれば習得できます。
しかし、性格的な問題に関してはどうしようもないのです。
私もかなり変人なので人のこと言えないですが、とにかく法律系の世界に生きる人は変わり者が多いです。

良い方の変人はこの際置いておくとして、悪い意味での変人の例を挙げると、自分を天才だと思っている方、妙な選民意識がある方、権利意識が異常に強い方、完全主義・完璧主義が過ぎて周りを困惑させる方、感情の起伏が極めて激しい方、何でもかんでも批判したがる方、どうでもいい小さな論点に異常な執着を見せる方、そもそものコミュニケーションが取りづらい方などがいます。
おそらく法務と長く関わったことがある人なら誰しもが感じていることだろうと思いますし、私自身も反省すべき点が多いなと思います。

とある会社では、法務人材が毎年辞めてしまって全然定着しないという問題を抱えていますが、それは完全に法務マネージャーのせいです。
その会社の法務マネージャーは極めてこだわりの強い人で、部下が自分の決めた手順通りに仕事を進めないとブチ切れます。
急に大声で怒鳴り始めるということが日常なので、部下は毎日怯えながら業務を遂行しています。
どう考えても問題があるのですが、いかんせん法務能力が高く、代わりが居ないので残すしかないそうです。
部下がほぼ毎年のように入れ替わっているので、けして健全な状態ではないのですが、会社として適切な対応ができないまま何年も経っています。

法務部の中にこういう人が一人でもいると、他の法務部員にとっては地獄になるのでなかなか人が定着しない、見つからないという問題が発生します。
これはけして珍しいことではなく、企業の法務部内で比較的よく発生していることです。

ちなみに、法務人材の横の繋がりで「あの会社の法務部長はマジでヤバいから転職は絶対しない方が良い」という噂もよく入ってくるので、会社としても放置するのは得策ではありません。
より法務が採用できない状況に陥っていくだけです。

 

(8)法務は存在意義を見出しにくい

前述のとおり、法学は基礎の習得すら難しく、時間もかかります。
また、企業法務に就職できたとしても様々な勉強をし続けなければなりません。

しかし、その苦労を理解してくれる人はとても少ないので、段々と「なぜ自分は法務をしているのだろうか」という気持ちになってきます。
その上さらに、最後はその分野の専門弁護士には勝てないという現実が突きつけられるので、心が折れます。

仕事柄法務の仲間が多いもので、よく相談を受けるのですが、結果的に彼らの多くが法務から離れていきました。
法務知識を活かせる別の仕事に転職するのです。

弁護士資格を持ったとある友人は、5年ほど法務として頑張っていたのですが、会社の方針に愛想を尽かして大手の経営コンサル会社に転職しました。
また、法務を10年経験したとある友人は、社会人大学院を修了後に内部監査に転職。
他にもM&Aアドバイザーに転職した人、弁護士事務所に転職した人、電子契約SaaSの営業に転職した人など、何人もの法務人材が法務から離れていきました。
企業の中で法務として頑張り続けるのはなかなか辛いものがあるのだろうと思います。

このようなことが私の身近な人たちの中でも頻繁に発生しているので、市場全体ではもっと多く発生しているでしょう。
結果として優秀な法務人材が更に減るのです。
むしろ優秀な人ほど法務から離れていきやすい(法務以外の職種でも十分に活躍できる)とすら思っています。

 

2.ベンチャー企業が取りうる選択肢

優秀な法務人材が少ないという現状とその理由は何となく伝わったかなと思います。

次はその問題にどう対処するかです。

この点について、私の私見を述べていこうと思います。

 

(1)社内法務の役割を限定する

最も手っ取り早い方法としては、社内法務の役割を限定すると良いと思います。

例えば、社内法務の役割を法務「事務」に限定する方法が考えられます。
具体的には、契約書の誤字脱字チェックと契約書管理等に徹してもらうのです。
弁護士が作成した契約書雛形の変更は原則許さず、仮に変更された場合は顧問弁護士にチェックしてもらうようなフローにしてしまうと良いです。
社内法務は事務に徹して、難しいことは顧問弁護士に頼るという一般的な中小企業の体制です。

これならば法務人材に困る事はまずないです。
法務のスペシャリストは市場に少ないですが、法務事務ができる人は大量にいます。
ビジネス実務法務検定2級程度の法律知識があれば十分なので、3~6ヶ月程度勉強すれば新卒でも活躍できると思います。
社内の法務業務を限定して、簡単な法務事務だけで回るように仕組みを作っておけば、かなり楽に採用を進めることができますし、突発的な退職があっても補充しやすいです。

また、法務チェックを顧問弁護士が行うのでクオリティを担保できます。
コスト(費用と時間)は多少かかるかもしれませんが、中小企業の規模であれば件数も少ないでしょうから全然問題ない範囲かなと思います。

仮に法務が社内にいたとしても、重要なリーガルチェック(新規事業のリーガルチェックなど)ではいずれにしても弁護士を頼ることになるので、日頃から顧問弁護士と蜜に連絡を取る体制の方が逆に低コストになるかもしれません。

ハイクラス人材を転職市場で採用しづらいベンチャーに特にオススメな方法だと思います。
IPOを目指す場合でも、重要なところはすべて顧問弁護士を頼るスタイルでいけば、中級レベルの法務(実務経験3年程度)がいれば十分行けると思います。

このような体制を作っておけば、顧問弁護士さんもいっぱい報酬をもらえるのでWin-Winです。

 

(2)法務専門職がほしいなら条件を良くする

もし法務体制を強化するという決定を下すのであれば、法務のハイクラス人材が必要になってきます。

ここでも、どこまでのハイクラス人材を欲するかで話が変わってきます。
経営全般を理解できるほどの法務専門職となると年収でいうと1,000万円以上が普通です。
分野にもよりますが、金融系の法律に強い法務専門職だと1,200万円~1,500万円くらい出さないと見つからないと思います。
一般的なビジネスモデルの会社でも最低900万円以上を提示しないと良い人材は採れません。
そうなると企業法務としての経験が豊富な弁護士又は10年以上の法務経験がある法務専門職なので、転職市場にほとんどいない人材となります。
したがって、他社との熾烈な競争になることを覚悟しておくべきです。

さらに、人材のマネジメントまでできてほしいとか、法務部の体制構築までやってほしいとなると、人材の数が極端に少なくなっていきます。

まず前提として弁護士さんの多くが自由人ですし、チームプレイが苦手な人が多いので、マネジメント自体が不得手です。
そもそも誰かと一緒に頑張ろうと思っていたら士業なんて目指さないでしょう。
独力で食っていくぜ!というタイプが多いのです。

マネジメントまでできるハイクラス人材を社内に連れてこようと思うのであれば、原則として条件を良くしないといけません
しかし、条件を良くすれば良くするほど会社にとってはリスクがある行為になるので、採用活動が長期化しやすいです。

ハイクラス層の獲得を本気で検討する場合は、CEOの信頼できるエージェントに頼むか、お知り合いを通じて出会った人の中で選ぶ方がいいかと思います。

もし運良く良い人材に出会えたら、それは奇跡と言って良いほど稀なことなので、必死に口説き落としてください。
専門職も人間なので、誰かに頼られたり必要とされたりしたら弱いです。
誠心誠意、相手に思いをぶつけ続けていれば、採用も成功すると思います。

なお、法務専門職に刺さりやすい条件は以下のような条件です。

  • 学費補助(大学院の学費等)
  • 書籍補助(月に○万円まで書籍購入自由)
  • 法務事務スタッフの採用権限付与(自分の好きな人を採用できる)
  • 完璧なリスク管理でなくて大丈夫だからと伝える(完璧なんてそもそも無理)
  • リモートワーク可(弁護士だと特に重要)
  • フルフレックス(弁護士の多くは朝が苦手なので刺さる)
  • 過度な勤怠管理をしない(自由人なので)
  • 組織的遵法精神の高さ(条件というより組織文化)
  • 固定報酬(業績連動報酬はあまり好かれない傾向)
  • 服装自由
  • 社用携帯支給
  • 執務室あり(個室)
  • 社内での弁護士業務OK(プリンター等も使用OKにする)
  • その他子育て系の福利厚生(特に女性弁護士さんには重要な制度)

上記の条件を見ていると、法務の中で人気のある会社さんは上記の条件の多くが揃っているという印象です。
おそらく社内に法務に詳しい人がいるのだろうと思います。
ベンチャーでもできる条件いっぱいあると思うので、検討してみるといいかもしれません。

ちなみに、上記の各種条件は公認会計士等を社内に呼び込む際にも刺さると思います。

 

(3)弁護士がほしいなら複業OKにする

会社によっては、どうしても弁護士がほしいという場合もあると思います。
その場合は、複業OKにすると採用しやすくなります。

弁護士にとって、インハウスで働くということは、かなり大きなリスクを伴います。
弁護士の主な能力は訴訟対応力なので、弁護士の多くはその点にブランクができることをとても嫌います。
そのため、弁護士事務所と並行してインハウスをやれるようにしてあげると良いでしょう。

弁護士事務所で週1~2日ほど訴訟をやって、残りはインハウスという風に自由に働けるような状態にしてあげると良いかと思います。
そういう条件を整えるだけで応募数は倍以上になるはずです。

実際、以前私が弁護士採用を手伝った会社では、その条件で提示したらいつもの5倍程度の応募がきました。
弁護士にとって、訴訟ができなくなるというのはそれほど死活問題なのです。
この点を理解してあげるだけでも法務人材を採用しやすくなるでしょう。

ただし、週2日程度法務部長がいない組織はかなり危険度も高いので、弁護士さんはあくまでもスペシャリスト採用で、マネージャーは別に置いた方がいいかもしれません。

 

(4)とにかくたくさん会う

最後に最も重要なことがあります。
それは、とにかくたくさん法務人材と会うということです。

とある会社のCEOから法務人材の相談を受けたときに「何人に会ったんですか?」と聞いたら「もう10人に会ったんだけど良い人いないんだよね」と仰っておりました。

ハッキリ申し上げて少ないです!

法務を本気で獲得したいなら、100人くらいは会った方が良いと思います。
人材紹介だけでなく、ダイレクトリクルーティングなど様々なサービスを複合的に利用して、100人くらい会って話を聞くと、法務人材の分布がわかってきます。
どのレベルの人が多いのか、どの分野の専門家の報酬が高いのかなどが大体わかってきます。

そういう知識がさらに法務人材の獲得可能性を高めます。

だからまずは行動あるのみです!

 

おわりに

法務人材がなかなか見つからないという悩みを知人経営者などからよく聞くので、少しでもお役に立てればという気持ちで記事を書いてみました。
参考になれば幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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内容に応じて担当者がお返事させていただきます。

著者画像

株式会社WARC

瀧田桜司

役職:株式会社WARC 法務兼メディア編集長/ 学歴:一橋大学大学院法学研究科修士課程修了(経営法学)及び京都大学私学経営Certificate/ 執筆分野:経営学・心理学・資格・キャリア分野のコラム記事を担当させていただく予定です

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