記事FV
コラム
2025/01/28 更新

ベンチャー企業の急拡大と大量退職:原因・プロセス・防止策を徹底解説

はじめに

ここ数年、世界的なIT企業がバタついております。

例えば、2021年から2022年にかけて、旧Twitter社がイーロン・マスク氏に買収され、あっという間に改革が断行されていき、日本を含めて社員の半数近くが解雇されました。
なお、今はXというサービス名になっています。

また、業績不振が続いていたFacebook社(現Meta)についても、2023年に10,000人規模のレイオフ(解雇)を実施しています。
さらに、2024年にはTesla社が14,000人規模でレイオフを行っていますし、半導体の盟主だったインテルも15,000人規模のリストラを行っています。

いずれも、一世を風靡した元ベンチャー企業ですが、今回は急拡大と急縮小(大量退職)を経験することになりました。
これはベンチャーあるあるなので、特に珍しいことでもないですし、ベンチャー界隈では、規模の大小はあれど、頻繁に起こっています。

日本での事例についてはあえて社名を伏せておきますが、ベンチャーの急拡大・急縮小は珍しいことではありません。
私自身も身近で何度か経験しております。

しかし、頻繁に発生してはいるものの、若きベンチャー経営者の皆様にとっては、とても心労が多い事象となることもあるので、今日はなぜベンチャーで急拡大と急縮小が起こるのか、どうやったら防げるのかという点について、私見を述べさせていただこうと思います。

 

1.大量退職が発生する原因・プロセス

日本におけるベンチャーの急縮小、つまり、大量退職が発生するプロセスは、以下の7つの段階に分けることができると考えています。
多くのベンチャー企業が経験することだと思いますが、未然に防げるのであれば防いだ方が良いです。

  • (1)小さな成功体験
  • (2)将来への甘い予測
  • (3)採用基準の無意識的引き下げ
  • (4)組織力の低下
  • (5)業績不振
  • (6)優秀な人材の退職
  • (7)連鎖的退職

以下、一つずつ解説していきます。

 

(1)小さな成功体験

ベンチャーにおける大量退職の前提として、通常は小さな成功体験が存在します。
この成功体験は、例えば資金調達が上手く行って、必要以上の資金が手に入ったり、CEOが思い描いたとおりに事業が進んで予想よりも儲かったりする体験です。

ベンチャー企業である以上、その多くが何らかの先進的な分野に挑戦していて、一か八かの博打に近い事業を行っています。
当たれば非常に大きな事業なので、資金調達でも大金が動きますし、成功すれば一気に利益が出ます。
それによって数十億のお金が転がり込んできて、ウハウハになり、テンションが上がって、堅実性や謙虚さが失われ始めます。
ここが大量退職の第一歩といったところです。

ベンチャー企業を興そうなんていう人は大抵がビッグドリーマーなので、基本的には思考の枠が広いです。
でっかい夢を追いかけてワクワクしちゃうタイプです。
そういう人がちょっと成功すると、もう誰も止められなくなります。
そこで自分を抑えて、慎重になれる経営者は少数派です。

 

(2)将来への甘い予測

小さな成功体験を経ると、多くのCEOが万能感を抱き始めます。
これは、経営者にとってとても重要な意識だと思います。
自分なら絶対にできる、自分は選ばれし者だ、自分にしかできない、そう思えない人は経営者には向いていないかもしれません。
それくらいの根拠のない勘違いを本気でできる人じゃないと、ベンチャー企業の経営者は務まらないでしょう。
ベンチャーの経営者という役職はハードな職業ですし、通常の精神では成し遂げられないことを目指すのがベンチャー企業です。

しかし、この万能感は副作用をもたらします。
それが、将来への甘い予測です。
万能感が悪い方向に作用してしまって、将来予測が甘々になるのです。
ほとんど根拠がない、ほぼ実現不可能な数値目標を掲げがちになります。

経営上の目標というものは、今現在手にしている能力、人材、お金で成し得る範囲内に留めないと、達成できない確率が上がっていきます。
マンガやドラマのような奇跡的な事象は、現実ではほとんど発生しません。
無謀な目標や非現実的な目標は、社員のモチベーションを一気に低下させるだけです。

しかし、小さな成功体験を経て、イケイケな状態になっているCEOには「これくらいイケるっしょ」と思えてしまうのです。
従業員がこの暴走を止めることはほぼ不可能なので、仕方なく、形式上だけ従うことになります。
その結果、無謀な目標を達成するための無謀な人事戦略が組まれることになり、普通では考えられない人数の採用活動が開始されます。
もちろん、適正な採用規模であれば何ら問題ないのですが、波に乗っているベンチャー企業の多くは適正な人数を遥かに超えた人数を採用しようとします。
これが「急拡大」の入口です。

 

(3)採用基準の無意識的引き下げ

小さな成功体験を経て、甘い将来予測がなされ、実現困難又はほぼ不可能な目標が設定されます。
その結果、それまで年間で10名程度しか採用してこなかった会社でも、ある日突然「1年で100人採用」などの無謀な目標が降りてきて、そこから無謀な採用計画が実行に移されます。
するとどうなるかというと、まず人事部門がパンクします。

様々な媒体や人材紹介会社を利用して、大量に面接を行うことになりますが、忙しすぎて細かいところまでチェックできなくなっていき、かつ、人数目標の達成そのものがゴールになってしまいやすいので、無意識的に採用基準が引き下げられていきます。
一人ひとり丁寧に候補者の能力を分析し、時間をかけて何度も面談を重ね、慎重に人選を行って行くというスタイルは取れなくなるのです。
そうやって、少しずつ採用基準が下がっていきます。

本来ならば、絶対に通さない、通してはいけないような人材でも、こういう拡大期にはスルッと採用されてしまうことが多くなっていきます。
人材紹介業者にとっては稼ぎ時だと思いますし、能力が高くない候補者にとっても良い会社に入る絶好のチャンスです。
しかし、ベンチャー企業本体にとっては致命傷に繋がる事象です。

  

(4)組織力の低下

採用基準が下がってしまった結果、本来であれば採用されないレベルの人達が大量に入ってくることになります。

高い経営目標と能力不足の人材というミスマッチがここで発生します。
この時点で社員教育の徹底を行ったり、大規模な配置転換などを行ったりすればまだ改善の余地はあるのですが、実際に事業を行っていると、そのミスマッチに気をかけている時間はほとんどありません。
問題を先延ばしにするために「まだ入社したばっかりだから、しばらく様子を見よう」という判断をしてしまうことがほとんどです。
そうこうしているうちに、大きな組織をまとめたことがない未熟なマネージャーたちが、ミスマッチ人材と揉めたりして、小さな意見の食い違いや衝突を日々起こします。

それらの火消し活動に経営陣の時間が大量に使われることになります。
本来事業に集中すべき人たちが事業に集中できない環境が整っていくのです。
これによって組織力が急激に低下していきます。

この頃には役員陣も危機感を覚えはじめ、なんとかして組織の立て直しを図ろうと頑張ることが多いです。
ただ、一度狂ってしまった歯車を正常に戻すのは、人を採用するときの10倍以上の労力がかかります。
それを最後までやり遂げられるだけの時間が経営陣に残されている事例は多くないでしょう。

 

(5)業績不振

上記のような状態に陥ると、良いプロダクトも作れませんし、サービス品質も自ずと低下していきます。
その結果は火を見るより明らかで、緩やかな業績不振を招きます。

実際に見た事例でいうと、数年間で売上が8割減になった会社もあります。
ベンチャー企業は基本的に小規模で、かつ薄利構造なので、組織力の低下が致命傷になり得るのです。

組織の問題を1年程度で解決できるのであれば、資金調達でなんとか乗り切れると思います。
しかし、2年、3年となると、投資家の皆さんにもバレますし、資金調達すらできなくなっていきます。
「売上はすべてを癒す」という言葉がありますが、逆もまた然りで、業績不振(売上低迷)は全てを害していきます。

また、業績不振によって一番かき乱されるのは、役員陣の精神だろうと思います。
売上が低迷している時期は、本当にしんどい状態で、CEO、COOなどの創業者メンバーがピリピリし始めます。
ここで平常心を保てる経営者はほとんどいません。

 

(6)優秀な人材の退職

組織崩壊や大量退職が顕在化し始めるのは、優秀な人材が退職し始める頃です。
優秀な人材は、周りの状況をよく分析できるだけの視野の広さを持っています。

また、多くの優秀人材が会計分野に明るいので、会社の財務状況をある程度把握できます。
その結果、優秀な人材であればあるほど、このまま行くと会社がヤバそうだと気づきます。

ただ、そう思ったとしてもすぐには辞めません。
まだなんとかできるのではないかと自分にできることを検討し始めます。
会社に対する愛情があるからこそ優秀人材なので、最初のうちはなんとかしようとしてくれます。

しかし、組織全体の問題は経営陣が自発的に動かないとどうしようもないので、優秀な一部の人材が動いたところで何かが劇的に変わるということはありません。
それに絶望した時点で、優秀人材の退職が発生します。

そして、優秀な人材が退職するという意思決定をするときは、同時期に複数人が辞めることが多いです。
同じくらい優秀な人間の意思決定は、だいたい時期が被るのです。

私が過去に見た事例でいうと、マネージャークラス(部長クラス)が1年間で7名辞めた会社があります。
ベンチャー企業の部長クラスが同時期に7名も辞めるという事態は、はっきりいって異常事態です。
そのような事態になった段階で、一旦は事業を止める又はスピードを落とさないといけません。

重要な人物が抜けたまま無理に押し進めると、より大きな被害、不正等が発生しやすくなるので、まずは足元を固めないといけません。
しかし、そこで立ち止まるという意思決定ができる経営者はなかなかいません。

 

(7)連鎖的退職

ここからはもうドミノ倒しのように連鎖的に社員が抜けていきます。
優秀人材の多くが管理職になっているでしょうから、その管理職としての人望があればあるほど、連鎖的に部下が辞めていきます。
むしろ、連鎖的に部下が辞めるというのは、退職した管理職人材の優秀性を示す一つの指標です。

それだけ重要な人材を失ったのです。

最悪の場合、部署にいる人材の半数以上が一気に辞めるなんてこともありますし、部署の全員(十数名)が丸ごと退職したという事例も見たことがあります。
そうやって一気に人が減っていきます。

 

2.大量退職の防止方法

大量退職が発生する際の一般的なプロセスは上記のとおりです。
もちろん亜種はたくさんあると思いますが、大抵は似たような原因に基づいて、似たようなプロセスを辿ります。

これをどうやったら防げるのか。
この点について、今の時点で考え得る選択肢は以下の5つです。

  • (1)健全な成長を志す
  • (2)組織の拡大ペースを調整する
  • (3)CEOが採用に直接関与する
  • (4)優秀な人が残りやすい仕組みを整える
  • (5)違和感を絶対に放置しない

以下、一つずつ解説させていただきます。

 

(1)健全な成長を志す

まず重要なことは、無謀・無茶な成長を目指さず、健全な成長を志すことです。

最近、この考え方に至っているベンチャー企業の経営者が増えてきていると実感しています。
自分たちの身の丈にあったペースで成長していくことが、先々の大きな成功の基礎になるという考え方です。

無茶な目標を掲げたり、無理な成長をしすぎると、必ず誰かにしわ寄せが行きます。
それがCEO自身に行くなら別に構いませんが、大抵は社員の誰かが犠牲になります。
その結果、心身を壊す人が多く出てきます。

そのような経営手法は、大きな社会的損失を生み出しているだけです。
誰かの人生の犠牲の上に成り立つ成功にどんな価値があるのか、今一度経営者は考えるべきだと思います。

 

(2)組織の拡大ペースを調整する

ベンチャー企業の中には、時々大当たりを引く企業があります。
何らかの事情で市場が急拡大し、たまたまその分野の事業を行っていたベンチャー企業が恩恵を受けて、売上が倍増するというようなケースです。
このようなケースでは、売上がどんどん上がっていくがゆえに、それを支える人員がどうしても不足してしまいがちです。

また、売上が上がっているからこそ、気持ちが大きくなって、人が足りないなら採用すればいいという短絡的な考えに陥りがちです。
その結果、組織の拡大ペースが上がっていきます。
ここであえて、組織の拡大ペースを調整できる経営者こそが優秀な経営者だろうと思います。

そもそも、一つの部署で抱えられる「新人」の数には限界があります。
その限界を超えてしまうと、一切教育されない人、放置される人、粗末に扱われる人が出てきます。
それは確実に組織への愛着を低下させる行為で、組織に対する愛情がない人がいくら増えても、組織はどんどん非効率になっていくだけです。
むしろ、人件費を無駄にかけて、利益にならない人材を養うだけになりやすいです。
だからこそ、各部署で採用できる人間に上限を設けるべきですし、新人を最低でも3ヶ月はしっかり育てられる環境を整えるべきです。
それが整っていない部署に誰かを入れても、消費されて削られるだけです。

そして、組織が拡大期に入る前までは、業績を出せる人間をマネージャーに置くべきですが、拡大期に入ってからは、人を育てる能力が高い人をマネージャーに置くべきです。
大きな流れに乗る前と乗れた後では、マネージャーに求められる役割が変わるはずで、両方の役割を演じられる人は少数です。
そこで拡大ペースを一旦調整し、適切なマネージャー配置を行った後、時間的間隔を空けて徐々に人を入れていくという方法を採用すべきだと思います。

 

(3)CEOが採用に直接関与する

どのような状況に陥っても、CEOだけは絶対に採用から離れてはいけません。
どんなポジションであっても、自社に入る人材については、どこかのタイミングで必ずCEOが面談をするべきです。
できれば1人あたり1時間くらいはかけたいところです。

CEOとして、自分の価値観をしっかりと述べ、その人の価値観も聞いて、マッチしているかどうかを吟味しないといけません。
その手間を面倒くさがって行程をすっ飛ばすから、採用基準が下がっていくのです。

CEOが採用に本気を出さなくなった時点から組織の衰退は始まるので、どんなに忙しかろうが必ず全員に会うという点だけは徹底しましょう。
CEOの最終面談が終わらない限り、内定は出さないという方針を曲げてはいけません。
CEOにとって採用より重要なことなんてそうそう無いはずですし、そもそもCEOが忙しすぎる時点で経営が上手く行っていない証拠ですから、採用を業務の中心に置き換えてタスクの優先度を再構築すべきです。

 

(4)優秀な人が残りやすい仕組みを整える

組織の無理な拡大を止められず、必要以上に肥大化してしまってからその危険に気づくということもよくあります。

間接部門割合が異常に高くなってから気づいたり、営業の一人当たり生産性(営業利益等)が著しく低下してから気づいたりと、気づくタイミングは人それぞれですが、どこかでおかしいぞと気づきます。
その時点からでもできることがあります。
それは、優秀な人が残りやすい仕組みを整えていくことです。

組織というものは、放っておけば必ず一部の人間がサボり始めます。
できる限り労力をかけずに給与だけはもらいたいと考える人が一部出てくるからです。
それは致し方ないことですし、どこの組織でも一定数は存在すると思います。

小規模ベンチャーの中には、人選が非常に上手く行って、全員が熱量高く仕事をしているという組織もあるのですが、規模が大きくなればなるほど、その熱量を維持することは困難になっていきます。
だからこそ、仕組みで解決せざるを得ません。

具体的には、結果を出す人、努力をした人、会社に貢献した人に高い報酬を与え、努力も結果も出していない人にはそれ相応の報酬しか支払われないという制度を構築していくしかないです。
そのような制度を順次構築していけば、正当な努力をした人間だけが高い報酬をもらい、その組織に不向きな人材の居心地が徐々に悪くなるという正常な状態になっていきます。
その状態が長く続けば、自然と新陳代謝が起こって人材が入れ替わっていきます。
それと同時に、優秀な人材に高い報酬が支払われるので、離職予防にもなります。

最悪のケースは、優秀な人材が安い報酬しかもらえず、努力も結果も出さない人間が高い報酬をもらうという不公平組織です。
急な拡大をした組織では意外と多いので、注意が必要です。

なぜこういう事が起こるのかというと、小規模ベンチャーの頃からいた社員というのは、いわゆるベンチャー価格で雇われています。
そのため、相対的に安い報酬のままです。

一方で、中途採用で入ってきた人たちは、前職の報酬を基準にして、そこにある程度の金額が上乗せされた額で雇われるので、下手をすると同じ職種、同じ役割なのに200~300万円くらい差が出たりします。
それを良しとできる既存社員はほとんどいないでしょう。
そういう不公平を放置しておくと、優秀な人材から辞めていくので、早めに手を入れて、制度を整える必要があります。
既存社員を粗末にしていると、既存社員の優秀層から辞めていきますから、優秀な人が残りやすい組織を作っていきましょう。

 

(5)違和感を絶対に放置しない

最後に、とても重要な防止法があります。
それは、違和感を絶対に放置しないという方法です。

経営者も人間なので、忙しい状態だとついつい違和感を放置しがちです。
しかし、実務上感じ取った小さな違和感こそが健全な組織構築のヒントであることが多いので、違和感を覚えたことを放置しないでください。
特に経営者になろうというような人は、ビジネスにおける感覚が一般人より遥かに敏感で、優れています。
そういう人たちが抱く違和感は、ほぼ間違いなく正しいです。

直感に近いものだと思いますが、大体どこかに問題を抱えているから違和感を抱くのです。
だからこそ、それを放置してはいけません。
組織の中で「何かおかしい」「このまま行くとヤバそう」「大丈夫かな?」と感じたら、即動きましょう。
十中八九その部署は問題を抱えています。
経営陣が直接個別の組織に踏み込んで解決していくべきです。
問題の芽がまだ小さいうちは、解決も容易です。

組織の問題が顕在化してしまってからでは、多くの問題が手遅れで、一旦壊すしかなくなります。
顕在化する前の小さな違和感を大切にしてください。

 

おわりに

今日はベンチャーでよく起こる急拡大後の大量退職について、その原因やプロセス、防止法などを考察してみました。
ただの私見なので、間違っている見解も多いと思いますが、ベンチャーを経営する皆さんの参考になれば幸いでございます。

【お問い合わせ】

WARCで働きたい!WARCで転職支援してほしい!という方がもしいらっしゃれば、以下よりご連絡ください。
内容に応じて担当者がお返事させていただきます。

著者画像

株式会社WARC

瀧田桜司

役職:株式会社WARC 法務兼メディア編集長/ 学歴:一橋大学大学院法学研究科修士課程修了(経営法学)及び京都大学私学経営Certificate/ 執筆分野:経営学・心理学・資格・キャリア分野のコラム記事を担当させていただく予定です

満足度98%のキャリアコンサル

無料カウンセリングはこちら