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コラム
2024/09/06 更新

早期離職の心理学(リアリティショックと組織社会化)

昨今頻繁に問題となっている「早期離職」

大卒者の3年以内離職率は30%を超えている状態です。

このような早期離職はなぜ起こるのでしょうか。

この点に関連する心理学用語を解説していきます。

はじめに

本連載では、ビジネスで活用できそうな心理学理論や重要なキーワードをご紹介しております。

今回はベンチャー企業の「早期離職」に着目していきたいと思います。

そもそも多くのベンチャー企業は「情報通信業」に属するIT企業であることから、転職市場が比較的大きく、人材の流動性が高いです。
エンジニアや経営管理部門の専門職が、比較的容易に転職できる土壌が広がっています。
転職することに対する抵抗が大手と比べると格段に低い文化でもあります。
そのため、ベンチャーは全体的に離職率が高めです。
3年以内離職率でいうと30~40%のところが多いかなと思います。

しかし、本音をいえば、優秀な人材には長く働いてほしいはずです。
同僚としても、専門的知識が豊富で、学習意欲も高く、貢献意識もあるような社員には、ぜひとも長く一緒に働いてもらいたいと願っているでしょうが、経験則的にいうとそういう優秀な人ほど転職の意思決定が早いです。

今日は、そんな早期離職・早期退職の心理学についてお話していこうと思います。
キーワードとしては、「リアリティショック」と「組織社会化」が該当します。

1.早期離職の原因と対策

従業員の早期離職の主原因の一つは、リアリティショックにあると言われています。

リアリティショックとは、入社前の期待と入社後の現実の差が大きい場合に発生する精神的ショックのことをいいます。
3年以内離職率を下げるためには、このリアリティショックをできる限り抑える必要があります。

しかし、リアリティショックを何とかしてコントロールできたとしても、まだその先にもう一つ壁があります。

それが組織社会化という作業です。
多くの企業がこの組織社会化で失敗しています。

組織社会化とは、組織への新規参入者が、組織の規範、価値、文化を習得し、期待されている役割を遂行し、職務遂行上必要な技能を獲得することによって組織に適応すること(高橋弘司 南山大学准教授「組織社会化研究をめぐる諸問題」1993年)を意味します。
よりわかりやすい言葉で表現すると、新入社員が会社に慣れて、馴染んでいく過程を意味します。

この組織社会化の過程で、新入社員は様々な会社の現実を目の当たりにします。
その結果発生するリアリティショックが大きすぎると早期離職に至るという構造です。
したがって、企業として早期離職を防ぎたいのであれば、入社前の段階では期待を大きくさせすぎないように調整し、かつ、入社後にもリアリティショックが大きくならないように組織社会化作業を遂行していくという対策が必要になります。

今回はそのための参考情報を書いていきたいと思います。

2.組織社会化の方法

高橋准教授は、組織社会化を「文化的側面」と「技能的側面」に分けて検討しています。

文化的側面とは、個人がその会社の文化を受容する過程を意味します。
文化には、その組織の規範・規則・制度・人間関係が含まれます。

技能的側面とは、会社内で必要とされる技能の習得過程を意味します。
技能には、職務遂行上必要とされる知識・ノウハウなどが含まれます。

この2つは、職種によって重要度が変わってきます。
例えば営業職であれば、知識や技能よりも、その会社の文化に溶け込むことがより重視されやすいでしょうから、文化的側面の方に重きを置いて組織社会化促進策を実施する必要があります。
一方で、経理、財務、法務などの専門職では、その職種で必要とされる知識や技能の方がより重要なので、技能的側面を重視した組織社会化促進施策を実施する必要があります。

以下では、文化的側面と技能的側面それぞれについて、組織社会化推進策の例を考えていきたいと思います。

3.組織社会化促進策の例(文化的側面)

文化的側面の組織社会化促進策については、以下の4つの視点から考えてみます。

なお、ここで例示する促進策はあくまでも例示ですので、人事の皆様であれば他にもたくさん思いつくことができると思います。

  1. ミッション・ビジョン・バリュー
  2. 社内の人間関係
  3. 社内の暗黙のルール
  4. 部署間の連携度合い

では、一つずつ説明いたします。

(1)ミッション・ビジョン・バリュー

文化的側面における最重要事項はミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の共有だろうと思われます。
ベンチャー企業においてはMVVが特に重要で、MVVによって集まる人が変わってくると言っても過言ではありません。

なお、ここでいうMVVは、対外的なMVVではなく、社内で実際に浸透している価値観のことを意味すると思ってください。
対外的なMVVと社内での価値観が全く異なる会社も珍しくないので、そのような会社ではリアリティショックが非常に発生しやすい状況です。

だからこそ、できれば入社前の段階、遅くとも入社後の早い段階で社内での価値観を共有しておいた方が良いだろうと思います。
例えば、対外的には社会貢献を重視しているようなMVVを掲げているけど、実際は利益重視の会社で、KPIによる数値管理をガチガチにやっている会社であるという点を共有してあげたりするわけです。
そのような重要な価値観の共有は、早ければ早いほど良いです。

(2)社内の人間関係

次に社内の人間関係について情報共有を行っておいた方が良いと思われます。

転職の理由第1位によく上がって来るのが「人間関係」ですから、社内の人間関係に関する情報は、多くの従業員にとってとても関心のある事項であるはずです。
それにもかかわらず、多くの会社では社内の人間関係について隠したがります。
これもリアリティショックが発生しやすい原因の一つです。

そのようなリアリティショックを軽減するためにも、入社前・後、もしくはその両方で、人間関係の説明をするべきだと思います。
性格がキツイ人、攻撃的な人、神経質な人、理不尽な人、パワハラ気質な人、セクハラ気質な人、正論ばっかり言う人、偉そうな人……
そういう若干問題を抱えている人物について、できれば入社前の段階で共有してあげるべきだと思います。
それを怠ると、多かれ少なかれリアリティショックが発生してしまい、優秀な人材のモチベーションを急激に低下させることになります。

(3)社内の暗黙のルール

続いて、社内独自の暗黙ルールについても説明が必要です。

日頃同じ会社でずっと働いているとなかなか気づけないことなのですが、実は会社によって社内のルールや制度は全然違います。
同じような事業を行うベンチャー企業同士であっても、文化そのものが全く異なるため、その社内の制度やルールも異なっています。
そのため、自社独自の変なルールというものが、どこの会社でも必ず存在します。

新卒であれば初めての社会人経験なのでどんな変なルールでも慣れると思いますが、中途採用の人の場合は前職での在籍期間が長ければ長いほど前職の文化に染まり切っているので、なかなか抜け出すことができない状態に陥ります。
その結果、新しい会社の文化に馴染めずに離職してしまうことがあります。
そこで、社内の明文化されたルール及び暗黙のルールについて資料にまとめておくということをオススメいたします。

例えば、立替経費の申請には必ず総務の許可が必要とか、総務に依頼する場合は必ず上長を経由して総務部長に一言声をかけてからじゃないと申請上げちゃいけないとか。
ベンチャー企業にいる人にとっては信じられない謎ルールが多い気がしますが、未だにそういう暗黙ルールを置いている会社も多く、ストレスの原因になりやすいので、予めまとめて共有しておくべきです。

もちろん、素晴らしい暗黙ルールがある場合はそちらも開示しておくと良いと思います。

(4)部署間の連携度合い

部署間の連携度合いについても大切な内部情報なので、できれば事前に伝えておくべきです。

会社によっては部署間の連携がほぼ無く、完全に断絶されている会社もあります。
そのような会社では、部署間の連携が必要な場合は、双方の部長同士が別途会議を設けてお願いをして、許可が下りればさらに別の会議を設けて事情を再度メンバーに説明して、責任をどちらが取るのかを明確にしながら少しずつ進めていくという手順を取らないといけなかったりします。
ベンチャーなら1日でできることが、数ヶ月かかるなんていうこともザラにあります。

このような情報を知らないまま入社すると絶望感を味わうことも多いので、事前開示が望ましいです。

一方で、部署間の連携がスムーズな会社もあるので、そういう会社もしっかり開示しておくことをオススメいたします。
転職者の中には、昔ながらの大手企業で部署間の連携が一切ないところから転職してくる人もいるからです。
そういう人たちにとって、部署間の連携がスムーズなんていうのは神話でしかなく、他部署の同僚に情報を共有するという習慣がない場合も多いです。
そうなると上手く機能できないことも多くなるので、社内での報連相の重要性なども合わせて開示しておくべきです。

以上、4つの視点から文化的側面についての組織社会化の方法を検討してみました。

4.組織社会化促進策の例(技能的側面)

次に、技能的側面については、以下の2つの視点から考えていきます。

  1. 知識に関すること
  2. ノウハウに関すること

以下、一つずつ説明いたします。

(1)知識に関すること

専門職の新入社員が新しい仕事に慣れるとき、最も重要な点は知識だろうと思います。
その職種にどんな知識が必要となるのか、どのような資格を取っておくと活用できるのか。
この辺りをしっかりと事前開示しましょう。

できる限り入社前に開示しておくことが望ましいですが、入社後の早い段階でもまだ間に合います。
特に法務や財務、エンジニアなどの職種では、知識のインプットに時間かかることが多いので、情報開示は早ければ早いほど組織社会化に貢献します。

他にも、社内特有の知識についても早い段階で共有しておいた方が良いでしょう。
例えば、誰が何を専門としていて、どのような知識を持っているのかという情報や社内で使っているツール(ソフトウェア)などの情報が該当します。

特にここ数年で重要性を増しているのはPCのスペックに関する情報です。
イケてるベンチャー企業においては、通常入社前の段階でPCの希望スペックについて聞き取り調査を行い、本人が望むレベルのPCを買い与えるので問題は起こりにくいのですが、予算が足りない会社やIT機器に疎い会社の場合は、低スペックのPCを与えてしまっていることもあります。
そのような情報が事後共有されると、リアリティショックを受けることが多くなるので注意が必要です。
特にエンジニア職においてはPCのスペックは命の次に大事なものなので、しっかりと事前確認をしましょう。

(2)ノウハウに関すること

次にノウハウについては、基本的にはOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)で解決可能な分野です。
その会社特有の仕事の進め方が必ずあるはずなので、そのあたりもOJTを通して情報共有していけば良いと思います。
ただし、人間関係の相性には注意が必要です。

文化的側面と連動していますが、人間関係が悪化しているチームでのOJTは、新入社員にとってはストレス以外の何者でもないので、事前に伝えておかないと早期離職を招きます。
場合によっては、問題のある社員に関わらせないという工夫も必要になります。

一つの事例として、私が過去に見た会社のことをお話します。
とある大手企業では、新入社員が毎月数名~十数名入ってくるので、毎月OJT型の研修が開催されていました。

しかし、そのOJTに関して、組織内の2つの派閥の意見が真っ向から対立していて、部署間の連携が一切なかったのです。
そのため、片方の派閥の人間が講師になるときはその派閥のノウハウだけが共有され、もう一方の派閥の人間が講師を行うときはその派閥の情報だけが共有される形になりました。

ただ、実務では双方の派閥が連携してプロジェクトを完了させないといけません。
案の定、新人のミスが連発し、どちらが責任を取るかということでよく揉めていました。
結果、一年以内の早期離職率が50%を超えるという素晴らしい数値を叩き出していました。

こういうことが起こらないようにするためにも、研修は人事部門で統括して、社内でのノウハウをマニュアル等に落とし込んで、文章化しておいた方が良いかもしれません。

以上、2つの視点から技能的側面の組織社会化促進策を検討してみました。

おわりに

ということで今回は早期離職に関する心理学用語である「リアリティショック」と「組織社会化」について簡単にではありますが解説させていただきました。
人事領域または組織開発領域で頑張ってみる皆様の参考になれば幸いでございます。

ではまた次回。

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瀧田桜司

役職:株式会社WARC 法務兼メディア編集長/ 学歴:一橋大学大学院法学研究科修士課程修了(経営法学)及び京都大学私学経営Certificate/ 資格:司法試験予備試験・行政書士など/ 執筆分野:経営学・心理学・資格・キャリア分野のコラム記事を担当させていただく予定です

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