本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。
今回は、知っているようで意外と知らないM&Aの基礎的な事項について解説していきたいと思います。
M&Aとは、“Mergers and Acquisitions” の略で、企業買収・合併等の総称を意味します。
英語の意味でいうとMergersが「合併」で、Acquisitionsが「買収」という意味です。
そして、最近の潮流としては、合併や買収以外の態様であっても、資本移動が伴うような企業提携であればM&Aの一種だと考えられるようになってきています。
例えば、製品の共同開発を目的とした合弁企業の設立や株式の持ち合いによる企業提携などです。
したがって最近の解釈では、M&Aとは、合併・買収などの資本移動が伴う企業提携全般のことをいいます。
M&Aの目的は、主に以下の4つであると考えられています。
以下、一つずつ簡単に解説いたします。
M&Aにおけるシナジーとは、複数の企業が合併・買収等をすることによって発生する様々な相乗効果のことを意味します。
例えば、同じ業種の企業同士がM&Aしたことによって売上が増加すること、規模の経済が働いて仕入れコストが下がること、財務基盤が安定することなどが挙げられます。
その他にも、買収した会社が持っていた特許技術によって、買手の製品開発コストが下がり、かつ品質が向上するというケースもあります。
実務上は、このような様々なシナジーを目的としてM&Aを実施することが多いです。
最近のM&A事例ではこちらの目的も多くなってきています。
特に中小企業が売手となる場合のM&Aではこの目的が主流です。
中小企業庁の統計によれば、日本に本店がある法人は、約360万社あるのですが、そのうちの99.7%が中小企業に該当します。
そして、日本の中小企業では、経営者の高齢化が深刻な問題となっていて、40代以下の経営者は全体の18%程度しか存在しません。
裏返せば、82%が50代以上です。
しかし、残念ながら多くの中小企業では、まだ後継者が育っておらず、致し方なくM&Aによって後継者問題の解決を図ろうとしています。
今後、日本国内でのM&A件数は増加傾向が続くと予想されますが、その増加数の中心はおそらく中小企業のM&A事例になると思われます。
多くの人間の雇用維持に直結した論点なので、極めて重要な問題だと思います。
イグジットとは、投資した資金の回収、つまり利益確定を意味します。
会社の創業者が利益を確定する方法の代表格はIPO(新規上場)です。
しかし、誰でもIPOできるわけではありません。
創業されたスタートアップ企業の数で考えると、1000分の1程度の確率でしか上場できないといわれているので、それより現実的な手段としてM&Aが利用されています。
M&Aでのイグジットでは、創業者や出資者が、会社の株式を他者に売却することで利益を確定させます。
もちろん、創業者はその後も数年間は経営者を続けて、しっかりと次の経営者に引き継いでいくことが多いですが、株を売却した段階で利益は確定しているので、その時点で投資回収済みとなります。
ここ10年ほどで、ベンチャー界隈でのM&A件数も一気に増加し、上場企業などがベンチャーを買収するケースが比較的頻繁に発生しています。
ベンチャー創業者やベンチャーキャピタルにとっては、IPO以外のイグジット手段が増えたということなので、とても有り難い状況です。
そして、今後もIPOの難易度は変わらないか、むしろ難化していくことが予想されるので、ベンチャーを対象にしたM&Aは必然的に増加していくことが予想されます。
事業拡大を目的としたM&Aもよく行われます。
これは要するに、お金で時間を買っているのです。
通常、事業を自社で立ち上げて、メンバーを増やし、少しずつ顧客に訴求していくことで売上を拡大していきます。
しかし、これにはどうしても時間がかかってしまいます。
競合他社などが恐ろしい勢いでシェアを拡大しているような場合は、時間そのものが成功の鍵になることもよくあります。
そういった場合に、お金で時間を買って、一気に事業を拡大させる方法としてM&Aがよく活用されます。
資金力でシェアを一気に取りに行く戦略と言ってもいいでしょう。
以上4つの目的を主たる目的として、M&Aが実行されることが多いです。
M&Aには、細分化すると実に多種多様なスキーム(方法)があります。
しかし、それらすべてを覚える必要はありません。
実務では、8~9割は「株式取得」というスキームが採用されているからです。
基本的にはそれさえ覚えておけばなんとかなります。
それ以外のスキームは稀に発生する程度ではありますが、雑学として知っておいて損はありませんので、簡単に解説していきたいと思います。
M&Aスキームは、以下の8類型です。
株式取得スキームでは、売手から買手に、対象企業(M&Aの対象となっている企業のこと。以下同様。)の株式が譲渡されます。
契約としては株式譲渡契約が締結されることになり、現時点でのM&Aの8~9割はこのスキームで実行されています。
最もシンプルで、最もわかりやすいスキームといえます。
事業譲渡スキームでは、売手から買手に、特定の事業及び資産だけが譲渡されます。
事業譲渡スキームでは、株式の移動が発生しないという点が大きな違いです。
つまり、対象企業は存続し続けることになりますし、株主の移動もありません。
単に、会社内の特定の事業と特定の資産だけが買手側に移転します。
契約としては事業譲渡契約が締結されますが、この事業譲渡契約の作成が結構難易度が高く、事業の範囲や資産の特定範囲をミスると譲渡の対象範囲外になってしまいます。
そのため、法務としてはかなり気を使う契約書の一種です。
そして、事業譲渡スキームでは、従業員の法人間移動や転籍なども原則として発生しないため、もし従業員を転籍させるのであれば、従業員側に対して一人ひとり個別の説明及び同意を得る必要がでてきます。
なお、事業譲渡によって転籍を余儀なくされた従業員側から見ると、単に前の会社を退職して、新しい会社に再就職したような形になるので、履歴書の経歴欄に数行追加される形になります。
事業譲渡スキームは、手続としても比較的ややこしいので、実務上は主に従業員の移転を伴わないシンプルな事業譲渡に活用されるスキームです。
例えば、特定のプロダクトに関する特許やソフトウェアのみを譲渡したりするケースです。
このようなケースでは従業員の移動が発生しないため、手続も比較的簡易的なもので完了できます。
吸収合併スキームでは、通常は買手が売手を吸収する形で合併しますが、場合によっては売手が買手を吸収する場合もあります。
なお、このスキームが用いられるケースでは、売手と買手が明確ではない(あえてぼかしたい、対等に見せたい)という場合も多いので、売手・買手という概念自体が妥当しないこともよくあります。
いずれにしても通常のM&Aではあまりお目にかかれないスキームなので、遭遇してしまったら、すぐに専門家を頼りましょう。
一方で、社内の組織再編の場面では非常によく使われるスキームとなっています。
例えば、無駄に子会社を多く設立してしまった会社が、子会社を整理してグループ組織を再編成するときなどに使います。
吸収合併スキームを使うと、グループ再編が簡単にできるので、組織再編スキームとしてはとても便利な方法です。
新設合併スキームは、まず新しい会社を設立して、その新設会社に売手側の対象企業と買手側の対象企業の全権利を吸収させ、売手・買手の旧法人格が共に消滅するというかなり特殊なM&Aスキームです。
難易度もかなり高いスキームなので、実例も多くはありません。
M&Aアドバイザーを長年やっている人であっても、このスキームを経験したことがある人は極わずかなので、あまり気にしなくても良いスキームだと思います。
もしあたってしまった場合は、素直に専門家(組織再編専門の弁護士と公認会計士)を頼りましょう。
吸収分割スキームは、売手が自社の事業の全部または一部を分割し、買手に承継(吸収)させる方法です。
事業譲渡スキームとよく似た結果になるのですが、吸収分割スキームは事業譲渡スキームと異なり、包括承継なので、吸収された事業に関する契約や従業員もすべて移転します。
ただし、手続やプロセス自体は複雑になってしまうので、基本的には専門家の力を借りて実行すべきスキームです。
新設分割スキームには様々な類型がありますが、原則形態は、売手がまず新しい会社を設立して、その会社に自己の事業の全部又は一部を承継させ、その新会社の株式を買手に譲渡するという方法です。
こちらのスキームはM&Aでたまに使われるスキームです。
売手側としては会社分割という面倒な手続きを経ないといけないので、大してメリットはないのですが、買手側からすると、自分の欲しい事業のみを承継した新しい会社の株式を取得できるため、過去の想定外の負の遺産を承継せずに済むというメリットがあります。
そのため、買手側が強い交渉力を有する場合に活用されるスキームといえそうです。
ただ、実務で新設分割スキームに遭遇する人はあまりいないので、基本的にはこのスキームも概要だけわかっていれば問題ありません。
もし実務で出くわした場合は、弁護士などを頼って実行しましょう。
株式持ち合いスキームは、広義のM&Aに属する取引で、売手と買手が相互に相手方の株式を持ち合うというただそれだけのスキームです。
相互に買収や合併という強い手段は用いたくないけど、企業間の連携は強めたいという場合活用されるスキームです。
経営権の取得を目的としていないことがほとんどなので、あくまでも企業提携の一種だと思っていただければ結構です。
合弁企業設立スキームは、2社以上の企業が資本を出し合って新しく会社を設立する方法です。
最近ではかっこよく「ジョイント・ベンチャー」と呼ばれています。
こちらも企業提携の一種だと思っていただければ良いかと思います。
お互いにお金を出し合って新しい会社を設立して、共同で事業をやっていきましょうという試みです。
最近の事例でいうと、SONYとホンダのジョイント・ベンチャーである「ソニー・ホンダモビリティ株式会社」などが有名かもしれません。
https://global.honda/jp/news/2022/c220616.html
以上がM&Aスキームの概要です。
細かく説明しだすと書籍が書けるくらい長くなりますので省略しますが、興味がある方は専門書を読んで研究してみてください。
少しお高い書籍ですが、以下の書籍が有名です。
森・濱田松本法律事務所「M&A法大系」(第2版)
日本でM&Aが流行り始めて10年ほど経ちましたが、実はM&Aの7割は失敗に終わっているという調査結果もあるそうです。
確かに、私が知っている事例でも成功事例はとても少ないです。
売手側としては儲かったというケースが多いですが、買手側の視点でみると、支払った対価を回収できているケースの方が少数派だろうと思われます。
ではなぜ失敗しているのでしょうか。
よくある失敗原因についてピックアップしてご紹介いたします。
私が知っている限りでは、最も多い失敗例が高値掴みです。
M&Aは、基本的に買手が不利です。
そもそも買手は、経営戦略上必須の手段としてM&Aを利用していることが多く、いってしまえば「多少リスクを背負ってでも買わざるを得ない」状況です。
一方で売手は「今売らなくても良い」という状況であることが多いので、強気な交渉をすることができます。
また、良い案件であればあるほど、他社も買手として立候補してきますから、最終的にオークション方式の価格競争になります。
その結果、買手は高値掴みをしてしまいがちです。
そして、高値掴みしてしまった以上は、その高値を上回るだけのシナジーを得ないといけませんが、それが実現することは少ないです。
高値掴みを防止するためにも、適正価格帯を事前に決めておくことが重要です。
M&A取引の早期段階で、優秀なM&Aアドバイザー又はM&Aの実務経験が豊富な公認会計士及び税理士を活用して、正確な企業価値算定を行っておきましょう。
そして交渉が進んでいく過程で、その価格帯よりも高い値段でしか買えないことが判明した時点で、交渉から降りるべきだと思います。
少なくとも私がアドバイザーならそう促します。
次によくあるのが、カルチャーのミスマッチです。
これは、売手企業と買手企業の文化や思想があまりに合っておらず、買収・合併等をしても従業員間に軋轢が生まれて上手く機能しないというケースです。
このような事態を防ぐためにも、買手の経営者の皆様は、売手の従業員らと面談をしたほうが良いと思います。
さすがに全員と面談することは現実的ではないでしょうが、せめてコアメンバーとは全員顔合わせをして、人となりを理解しておくべきだと思います。
その会社の文化や思想は、従業員一人ひとりの価値観の集合体によって形成されます。
経営者が入れ替わるからといって、文化や思想が自動的に入れ替わるものではありません。
売手の従業員らとの面談を繰り返して、カルチャーが自社とマッチしているか、今後マッチできそうかをしっかり吟味すべきです。
少しでも怪しいなと感じた場合は、案件ごと見送ったほうがいいと個人的には思っています。
キーマンとは、対象企業にいる重要な役員・従業員のことです。
M&Aの契約では、対象企業に勤めている重要な人物がM&A後にすぐに退職しないように、一定期間の在籍義務を設ける条項(キーマン条項)を入れることが多いです。
期間としては、従業員ならば6ヶ月程度、経営陣になると2年程度にすることが多いかと思います。
この期間内に他のメンバーに対してしっかり引き継ぎをしてもらうという想定なのですが、引継ぎが上手くいかないまま退職期間になるということがよく起こります。
そもそも、キーマンの多くは優秀なプレイヤーであることが多く、優秀なプレイヤーは教えるのが上手くないことが多いです。
その結果、ノウハウが全然受け継がれずに在籍期間が満了し、退職していくという状態になります。
このような事態を防ぐために、キーマンからノウハウを吸い出す作業をする必要があります。
何十時間にも渡るMTGを設定して、その人の管轄業務の情報をすべて抽出するくらいの覚悟を持って活動すべきです。
中小企業やベンチャーを対象としたM&Aでは、M&A完了後に様々な違法・不正行為が見つかることがあります。
M&Aでは、必ずデュー・デリジェンス(通称DD)という事前審査を実施しますが、すべての違法事例を発見することはできません。
なぜなら、DDの期間が極端に短いからです。
M&AにおけるDDは、主に財務DD、法務DD、ビジネスDDに分かれますが、本格的に行おうとすると数ヶ月はかかります。
しかし、M&A実務でそれだけの時間を確保することはほぼ不可能なので、数日~数週間程度で網羅的にチェックしないといけません。
その結果、重大な見落としが出てしまって、M&A完了後に発覚するというケースが出てくるのです。
後に発見された違法が軽微なものであればいいのですが、時々事業が廃止に追い込まれるほどの違法行為が隠れているケースがあります。
その場合は、M&A自体が失敗だったということになり得ます。
このような事態を防ぐためには、DDに人とお金と時間をかけるしかありません。
最悪を想定して、予算の許す範囲内で、最善を尽くすべきだと思います。
以上の4つが主な失敗原因だろうと思いますが、この他にも小さい原因はたくさんあります。
すべてのリスクを完全に防ぐということはできませんが、M&Aの実務プロセスの中も各種の専門家を介在させることである程度リスクを抑えることができます。
だからこそ、日頃から仲介業者、DD業者などと連絡を取り合っておいて、その中から優秀な人材を見つけておくことが重要です。
もしものときにすぐ頼れるようにしておきましょう。
ということで今回は、M&Aの基礎的な知識について簡単に解説させていただきました。
M&Aの基礎的な知識は、今では専門職の常識になりつつあるので、若手の皆さんも積極的に学んでおくことをオススメいたします。
では、また次回お会いしましょう。
最後までお読みいただき誠にありがとうございました。
WARCで働きたい!WARCで転職支援してほしい!という方がもしいらっしゃれば、以下よりご連絡ください。
内容に応じて担当者がお返事させていただきます。