本記事では集団による意思決定において発生する現象である「集団極性化」について解説していきます。
ビジネスにおける意思決定においてとても重要な心理学理論であるため、これを機に抑えておきましょう。
本連載では、ビジネスで活用できそうな心理学理論や重要なキーワードをご紹介しております。
今回は心理学の中でも意思決定論の分野から「集団極性化」「リスキー・シフト」「コーシャス・シフト」という3つのキーワードについて解説いたします。
この意思決定論という分野は、経済学、心理学、経営学が学際的に混ざりあった分野で、非常に難易度が高い分野の一つです。
ただ、ビジネスで心理学を活用するという点においては最も重要な分野の一つなので、今回ご紹介するキーワードもぜひ抑えておきましょう。
集団極性化とは、集団で意思決定をする場面において、各人が個人で意思決定をする場合よりも、よりリスクの高い又は低い意思決定を行ってしまう現象のことをいいます。
この集団極性化には、以下の2つの種類があります。
一つずつ簡単にご説明いたします。
リスキー・シフト(Risky Shift)とは、集団で意思決定をする場合に、個人で意思決定をするときよりもリスクの高い意思決定をしてしまう現象をいいます。
例えば、取締役会などの重要な会議において、このままこの事業を進めると明らかに失敗するであろうという場合に、一人の有力な役員が「絶対に大丈夫だ!」と最初に発言したとします。
この場合、多くの集団では、この最初の一言に引っ張られ、よりリスクの高い選択肢を選んでしまうことが多いです。
これがよくあるリスキー・シフトの事例です。
ベンチャーあるあると言っても過言ではないでしょう。
このリスキー・シフト理論を最初に提唱したのは、ストーナー教授(James A.F. Stoner:フォーダム大学ガベリ経営管理大学院教授)です。
ストーナー教授がリスキー・シフトを見つけ出したのは1961年なので、計算してみると教授が大学院生(修士)の時ということになります。
修士で何十年も議論されるような大論点を見つけ出すという天才です。
リスキー・シフトの発見後、他の研究者もこの分野を研究し始め、様々な実験・研究が行われました。
その結果発見されたのがコーシャス・シフトです。
コーシャス・シフト(Cautious Shift)とは、リスキー・シフトとは逆の現象で、集団的意思決定において、自分一人で行う意思決定よりもリスクの低い意思決定をしてしまう現象です。
例えば、取締役会において、あまり上手く行っていない事業に関する進退が論点になったとします。
そして、その事業は少しの工夫で利益率が大きく伸びる事業であるという認識を多くの人が持っていたとします。
それにもかかわらず、一人の有力な役員が「この事業は続けても利益が出ることは無いだろうから撤退しよう!」と発言したことで、他の役員らも引っ張られて、撤退を選択してしまうケースなどがコーシャス・シフトの事例です。
以上がリスキー・シフトとコーシャス・シフトの概要です。
どちらもイメージはしやすい現象だと思います。
集団極性化(リスキー・シフトとコーシャス・シフト)の発生原因については未だに明らかになっていません。
仮説はいくつか提唱されていますが、まだ検証中という段階だろうと思います。
今提唱されている有力な仮説の一つとして、コーガン教授(Nathan Kogan:元ニュースクール大学教授)とウォーラック氏(Wallach Michael A.)が提唱した「責任拡散説」(Diffusion of responsibility)があります。
責任拡散説とは、リスキー・シフトが発生する原因が責任の拡散(分散)にあるとする説です。
すなわち、集団的意思決定においては、たとえ無謀なリスクを取ったとしても、その責任が意思決定を行った人数分だけ拡散(分散)するのでリスクを取りやすくなるという理屈です。
しかし、この仮説だとリスキー・シフトは説明できたとしても、コーシャス・シフトの発生を説明できません。
そのため、集団極性化の確定的な原因とはならないと考えられています。
その後、ブラウン教授(Roger William Brown:ハーバード大学教授)が「文化的価値説」(Culture Value)を提唱しました。
文化的価値説とは、リスキー・シフトやコーシャス・シフトは、前提として個人的な文化的価値観によって分類されていて、その分類にしたがって起こるものだと解釈する説です。
何を言っているかわかりにくいと思いますので、できる限り噛み砕きたいと思います。
文化的価値説というのは、端的にいうと各人がそもそも持っている価値観に引っ張られるという仮説です。
例えば、集団的意思決定を行うときに、その集団内に「リスクは積極的に取っていくべきだ」という価値観を持った人が多いならリスキー・シフトになりやすくなり、逆に「慎重に行うべき」という価値観を持っていればコーシャス・シフトになるということです。
この説は一理あるなと思っています。
私の実体験でいうと、ベンチャー業界に長くいるせいで、リスクに対する寛容度が上がっています。
リスクに対して鈍感になっていると言っても良いかもしれません。
これは周りにリスクを積極的に取っていく人が多いからです。
そのため、ベンチャーにいる仲間内で集団的意思決定を行うと大抵リスキー・シフトを起こしてしまいがちで、時々実現困難なチャレンジをやってしまいます。
その結果、達成しようと努力はするので成長もするのですが、痛い目にもあいます。
この経験則を基に考えると、文化的価値説はなかなか妥当な仮説ではないかと思います。
その後、文化的価値説は様々な研究者によって検証され、ブラスコビッチ教授(Jim Blascovich:カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)などによって発展させています。
しかしこれに対し、福岡県立大学の橋口教授が、文化的価値だけで説明するのは不十分なのでは?という指摘をしています。
その上で、責任拡散説と文化的価値説等を融合させたような考察を展開されていますが、このあたりはもう学問として高度になっていくので興味のある方は以下の論文をお読みくださいませ。
「集団内の意思決定者数とリスク・テイキングの水準」橋口捷久 実験社会心理学研究 14(2), 123-131, 1974
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjesp1971/14/2/14_2_123/_article/-char/ja/
実務で活用する上では、
ということだけわかっていれば十分だと思われます。
最後に、集団極性化を防止する方法を検討してみましょう。
私見としては、以下の3つが重要であると考えています。
以下、簡単に解説します。
まず重要なことは、意思決定を急がないことです。
急いては事を仕損じると言われるように、焦りは失敗を招きます。
そのため、集団的意思決定を行った後、1週間ほど時間を置いて、再度その結論が正しかったかを検討すべきだと思います。
余裕がない場合は、数時間置くだけでも良いので一旦冷やす期間を設けるべきです。
ベンチャー企業の意思決定においては特にこれが重要です。
大抵穴だらけの論理で意思決定をしてしまっているので、一旦冷静になって細部を確認するという時間を作らないと、失敗続きの経営になってしまいます。
次に、行動の前に第三者の意見を聞いてみるという方法もおすすめです。
法律分野の論点が含まれるなら弁護士、会計に関することなら会計士、医学分野なら医師などに意見を求めて、再検討するという一手間をかけるだけで意思決定の精度は向上します。
ただし、よくわからない自称専門家などの話はあまり聞かない方が良いと思います。
最近は怪しい人たちも多く出てきているので、会社を食い物にされないように注意しましょう。
数値で判断するというのも効果的です。
ただし、この場合は予め基準値を設定しておく必要があります。
なぜなら、人によって数値に対する感覚が違うからです。
例えば、今年の目標売上高を前年比20%に設定しようという話になったとき、この20%を高すぎると思う人と、低すぎると思う人が出てきます。
この感覚は属している業界の平均値によっても変化しますし、個別の事業環境によっても変化するものです。
そのため、数値の基準値を予め定めておかないとそれぞれの感覚がズレてしまうことになり、結局感情的な議論で終始することになります。
様々な論点を数値基準で語れるようになれば、かなり客観的な意思決定ができるようになるため、基準値を定められるものについては定めておいた方が良いと思います。
ということで今回は、集団的意思決定分野から、集団極性化について解説させていただきました。
リスキー・シフト/コーシャス・シフトいずれもよく発生する事象なので、知識として知っておいた方が自己を客観視しやすくなります。
皆様のビジネスでの意思決定にお役に立ては幸いです。
ではまた次回お会いしましょう!
WARCで働きたい!WARCで転職支援してほしい!という方がもしいらっしゃれば、以下よりメッセージをお送りください。
内容に応じて担当者がお返事させていただきます。