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コラム
2024/08/07 更新

【ビジネス】M&A契約におけつ重要条項について解説(後編)

はじめに

本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。

今回は、M&A契約においてよく登場する重要条項について解説していきます。
様々な条項があるため、前編と後編に分けて解説していきますが、本記事は「後編」でございます。

なお、本記事で使う用語は、以下の定義で使用しています。

  • 売手:M&Aの売手
  • 買手:M&Aの買手
  • 対象会社:M&Aの対象となっている法人のこと
  • M&A契約:株式譲渡契約を想定しています

1.ロックドボックス条項と価格調整条項

まずはロックドボックス条項と価格調整条項について解説いたします。

この2つは、いずれもM&Aの対価に関する条項ですが、意味が正反対なので、案件に応じて上手に使いこなさないといけない条項です。

(1)ロックドボックス条項とは

ロックドボックス条項とは、M&Aの対価の決定方法の一種で、一定の基準日時点における対象会社の財務数値等をベースとして算定された対価を固定価格として確定させ、後々の調整を行わないという取り決めを定めた規定です。
要するに、特定の時点で価格を確定させて、割引や増額を一切しませんという合意です。

そもそもM&Aという行為は、契約の締結時点と実際の引き渡し時点(クロージング日)に時間的な開きがあります。
例えば、M&A契約自体は5月1日に締結されているのに、実際の引き渡しはその半年後ということがあるのです。
なぜなら、M&A契約の締結が完了した後に対象会社で株主総会を開いたり、債権者保護手続等を行ったり、社内の従業員に説明したりといろいろなことをしないといけないからです。
それらの手続には時間がかかるので、通常は2~6ヶ月程度の準備期間が発生してしまいます。

そのような手続が進んでいる間も対象会社の事業は継続的に運営され続けますから、契約を締結した時点から良くも悪くも財務状況は変化していきます。
そのため、このような財務状況の変化をM&Aの対価に反映させるべきかという論点が出てきます。

この論点については、価格調整を行う・行わないという2つの結論があり得ますが、ロックドボックス条項では、価格調整を行いません。
そしてM&Aにおいては、財務状況の変化は基本的に悪い方向での変化が多いので、ロックドボックス条項を設けるということは、契約締結時点から引き渡しまでの間の負のリスクは買手側が負うということを意味します。

(2)価格調整条項とは

価格調整条項とは、ロックドボックスとは異なり、M&A契約締結日からクロージング日(決済日)までに発生した対象会社の財務状況の変動を加味して、クロージング日に価額の調整を行うという取り決めを定めた規定です。

この場合、M&A契約締結日に対価の概算が決まるのですが、クロージング日の財務状況次第では価額変動があり得ます。
といってもそこまで大きな変動ではなく、多くの場合は上限値と下限値がある程度決まっているような調整です。

そして、もし実際のM&A契約において価格調整条項を設けるのであれば、売手・買手で調整事由を明確に合意して、調整幅なども予め決めておくべきです。
曖昧で抽象的な書き方をしていると結局クロージング日に揉めることになるので、割引を行うならどのような条件で、最大(又は最低)何%の調整を行うのかというところまでしっかり決めておきましょう。

2.コベナンツ条項

コベナンツ条項とは、当事者間で約束した特約であって、一定の行為を行うこと又は行わないことを定めた条文です。

前述のとおり、M&Aにおいては、最終的なM&A契約を締結してからクロージング日(決済日)までの間に数ヶ月の期間があります。
その間に、買手・売手が自分の都合でそれぞれ自分勝手に行動してしまうと、対象会社の価値を毀損してしまうことがあります。
そこで、コベナンツ条項を設けて、当事者間でやるべきこととやってはいけないこと(禁止事項)を明確にしておくという方法が採用されることがあります。
そのような場面で活用されるのがコベナンツ条項です。

なお、コベナンツ条項には、一般的には以下のような事項を定めることが多いです。

  • 取締役会、株主総会の承認取得手続きに関する取り決め
  • 通常の業務の範囲に関する取り決め
  • 売手側による従業員、役職者の引き抜きの禁止
  • 買手側による従業員の雇用継続義務
  • 対象会社の債務に関する取り決め
  • 代表取締役の個人保証の解除手続きに関する取り決め
  • 許認可届出の手続きに関する取り決め
  • 知的財産権に関する取り決め
  • その他の禁止行為に関する事項

    など

コベナンツ条項に細かいルールはないので、当事者間で予め明文化しておきたいことはすべて入れ込んで構いません。

ちなみに、禁止行為・禁止事項のことをネガティブコベナンツということがあります。
ネガティブコベナンツを定める場合は、具体的に何をしてはいけないのかという点を明確に列挙しておいた方が良いです。

また、禁止行為に該当するかどうか判断に迷うような事項は全部事前報告するように報告・相談義務等も規定しておくべきだと思います。

ただし、あまりに細かいことを定めすぎて条文が長くなると読みにくくなるので、条項を類型化して、できる限り簡潔に規定した方が将来の訴訟リスクを減らせます。

3.ファイナンスアウト条項

ファイナンスアウト条項とは、M&Aにおける資金調達ができなかった場合に、買手が決済する義務を免除されるという条項のことです。
つまり、借金や新株発行等で資金調達したお金でM&Aを行おうと思っている場合に、資金調達が上手く行かなかったら、今回のM&Aを無かったことにするという取り決めです。

M&Aでは通常多くのキャッシュ(現金)が必要となり、そのキャッシュを契約時点では持っていない買手も存在します。
その場合は、銀行から借り入れたり、新株を発行して資金調達をしたりして、M&Aの対価を集めます。

ファイナンスアウト条項がある場合は、資金調達が失敗したら、買手は対価の支払い義務を免除されます。
したがって、その時点でM&A取引が終了して、売手は別の買手を探さないといけません。

ということは、見方を変えると売手にはあまりメリットがない条文といえます。
そこで、ファイナンスアウト条項が発動された場合は、買手が売手に対し、違約金として一定金額を支払うという条項を入れることもあります。

売手としては、散々待たされた挙げ句に取引中止ということになりかねないので、違約金条項は定めておくべきだと思います。
相場などは特にありませんが、売手の貴重な時間を奪うということを考えると、M&A対価の2~5%程度はもらっても良いと私は考えています。

おわりに

ということで、M&A契約における重要条項の解説はこれで終わりです。
前編・後編でご紹介した条項を理解しておけば、M&A契約のチェックもしやすくなると思います。

本記事が皆様の役に立つことを願っております。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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役職:株式会社WARC 法務兼メディア編集長/ 学歴:一橋大学大学院法学研究科修士課程修了(経営法学)及び京都大学私学経営Certificate/ 資格:司法試験予備試験・行政書士など/ 執筆分野:経営学・心理学・資格・キャリア分野のコラム記事を担当させていただく予定です

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