アニメや漫画の影響もあって、極限の集中状態を意味する「ゾーン」や「フロー」という言葉が浸透してきました。
実はこの概念は、心理学の理論でもあります。
そこで今回は、極限の集中状態に至る条件について、心理学の理論をご紹介しながら解説させていただきます。
本連載では、ビジネスで活用できそうな心理学理論や重要なキーワードをご紹介しております。
今回の記事では、ここ数年で注目を集めている「フロー」という極限の集中状態について解説していきます。
日本では「黒子のバスケ」(週刊少年ジャンプ)のおかげで「フロー」よりも「ゾーン」という名称でよく知られています。
心理学上では一般的に「フロー理論」として知られているので、本記事では「フロー」という呼称で統一したいと思います。
フロー理論は、カリフォルニア州クレアモント大学院の教授を務めている心理学者Csikszentmihalyi(チクセントミハイ)さんが1975年に提唱したものです。
日本では、以下の著書が和訳されております。
フロー体験 喜びの現象学
そして、フロー(flow)とは、極限の集中状態のことを意味します。
より詳細にいうと、何らかの活動をする際に、全意識がその活動に集中し、流れるようになめらかにその活動が遂行されている状態のことを指します。
読者の皆様の中には、フロー状態を経験したことがある人も多いと思います。
例えば、スポーツ、演奏、執筆、プログラミングなど、一つの作業に没頭しやすい活動をしていると、ふとした瞬間にフローに入りやすいです。
フロー状態に入るというのは別に特別な才能や能力というわけではなく、人間であれば誰しも経験し得る現象です。
そして、ミハイ教授によると、フロー状態には2種類の類型があるとされています。
まず一つ目が、マイクロフロー(Micro Flow)という状態で、比較的短く浅いフロー状態です。
簡易的な作業をしているとき、例えば読書や映画の視聴をしているときに、一瞬だけ集中状態に入るときがあると思いますがそれをイメージしてください。
そしてもう一つが、ディープフロー(Deep Flow)という状態で、長く深いフロー状態です。
これに関しては、経験したことがある人の方が少ないはずで、一流のアスリートでも、経験者は一部だろうと思われます。
一つの事例として、NBAのスーパースターの動画を御覧ください。
皆さんご存知、コービー・ブライアント選手(Kobe Bean Bryant -1978年8月23日 - 2020年1月26日)です。
残念ながら、コービー選手は2020年の飛行機事故で世を去りましたが、NBAの神様であるマイケル・ジョーダンと並び称される最高の選手でした。
彼はこの試合で、1人で81得点を獲得し、NBA史上第2位の記録を打ち立てています。
NBAの1試合あたりの平均得点は約110点で、バスケットボールは5名でプレイする競技ですから、その異常さがよくわかると思います。
彼は後のインタビューで、このときの状態を以下のように答えています。
「全てがゆっくりに感じた。あとはボールをちゃんと掴むだけだ。すべて決められる感覚だった。まるで自動制御さ。……完全にスイッチが入っていた。簡単には切れないぐらいにね」
これがまさしくDeep Flowの状態です。
では、上記のようなディープフローに入るためにはどのような条件を満たせば良いのでしょうか。
ミハイ教授によると、フローには以下のような8つの特徴があると述べられています。
以下、一つずつ簡単にご説明いたします。
まずは集中状態です。
特定の活動(精神活動を含む)に集中して、没入している状態でないとフロー状態にはなれません。
次に、意識と活動が融合している状態が挙げられています。
特定の作業に対する集中の度合いが深くなっていくと、自分の意識がその活動のみに限定され、他のことが気にならなくなっていきます。
そうやって、意識と活動が混ざり合って一つの融合体になっていく感じをイメージしていただければわかりやすいかもしれません。
そして、さらに集中が深くなっていくと、自分という存在を客観視することすら忘れ(できなくなって)、自己認識が希薄になっていきます。
自分という存在そのものを忘れて、徐々に認識できなくなっていく感覚です。
目の前に自分が今やるべき作業があって、そこに集中して、視野が極端に狭くなって、他のことを意識すらしなくなっていく状態です。
このような状態を禅宗などでは「無」の状態というらしいです。
心理学と禅が繋がっているとは興味深いですね!
上記(1)~(3)は、集中の深さを表す特徴でしたが、この「自己コントロール感」というのは主観的な状態を意味します。
すなわち、今行っている作業や活動を、自分の意のままにコントロールできると確信できるような感覚を作業者本人が持っている状態です。
フロー状態を経験した人の多くが、この「自己コントロール感」について語っています。
上記のコービー選手も「すべて決められる感覚だった。まるで自動制御さ」といっている通り、何でも自分の思い通りにできるという確信があったようです。
この自己コントロール感については、数学の勉強でよくある感覚なので、数学好きな人にとっては身近な感覚かもしれません。
高校や大学受験の数学を長い時間勉強し続けて、特定の範囲の問題に強くなってくると、すべての数式・定理・公式が自動制御で脳内に浮かび上がってきます。
特段何かを意識する必要すらなく、勝手に脳内で数式が出来上がっていくので、回答を書く手が追いつかないほどです。
多くの理系受験生がこれを経験していると思いますが、あのときの感覚を思い出していただければわかりやすいはずです。
こちらも作業者の主観的な感覚です。
作業に没頭してフロー状態に至っている作業者の多くは、時間感覚が歪んでしまうことが多いそうです。
その活動中は、時間がゆっくりと流れ、周りがわざと遅く動いているかのように感じるのです。
でも、その活動が終わった後は、本当にあっという間の出来事だったかのように感じます。
この時間感覚の矛盾が、フロー状態の特徴の一つであると言われています。
そして、フロー状態では、何らかの目的を達成するためにその活動をしているのではなく、その活動自体が目的となっています。
そのため、それ以外の報酬や刺激を一切必要としません。
これは以前別の記事で述べた「内発的動機づけ」の話と関連します。
内発的動機づけが発生している状態だと、自分の内心から湧き上がってくる意欲に引っ張られて活動をしている状態なので、何らかの報酬を目的としていません。
すなわち、活動そのものが目的になっているので、まさしくフロー状態の特徴の一つです。
このように心理学理論は理論同士でいろいろと繋がっていることがあるので、各理論の類似点をまとめてみるとより理解が深まるかもしれません。
続いて、少し変な特徴なのですが、フロー状態に入った人の多くが、通常では苦痛に感じるはずの精神的・肉体的ストレスを「快楽」として感じてしまう状態が発生すると言われています。
おそらくアドレナリンが多く出て、ハイになってしまっているのでしょう。
ランナーズハイと同じような状態なので、それくらい異常な状態がフロー状態ということだと思います。
最後に、多くのフロー経験者が、フワフワとした感覚や流れているような感覚を持ったと述べているようです。
極限の集中状態を「フロー」と名付けたのも、これが由来です。
以上のような特徴を揃えた状態がディープフロー状態です。
ミハイ教授らの研究によれば、フローに入るための条件は3つあるそうです。
もちろん、この3つを全部満たしさえすれば確実に入れるというわけではありませんが、大変参考になるので解説していこうと思います。
ミハイ教授によるフローに入るための条件は以下の3つです。
では、一つずつ解説していきます。
まず、ディープフローに入るための重要な構成要素として、明確な目標(目的)の存在が挙げられています。
ここでいう「目標」や「目的」というのは、自発的に打ち立てたものを意味します。
そのため、他人から与えられた目標や強制された目標では、この条件を満たしません。
自分で考え、自分で選択し、覚悟を決めて取り組んでいる目標こそがフロー状態に入る第一歩です。
次に、適度な難易度が挙げられています。
ミハイ教授の図は英語だったので、日本語の図を探したらクリエイティブ・コモンズ(著作権放棄)の素晴らしい画像があったので、引用させていただきます。
【引用元】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Challenge_vs_skill_jp.svg
上記の図のとおり、ディープフローが発生しやすい領域は、スキルレベルが高く、かつ挑戦レベル(難易度)も高い領域です。
つまり、自分の高いスキルを十分に活かせて、かつ、できるかどうか怪しい絶妙な難易度の作業といえます。
ということは、前提として「高いスキル」を自分自身が保有している必要があるので、ディープフロー状態に入るためには、相当な事前努力が必要ということになります。
プロフェッショナルの世界ですね。
最後に、適度なフィードバックが挙げられています。
これは、自分が行った作業の結果について、適度に他人からフィードバックを受けられる環境が整っていることを意味します。
このフィードバックは観客からでも良いですし、上司や友人、家族などからでも構いません。
自分の活動の結果に対して適宜かつ適切なフィードバックを得られる状態なら、ディープフローに入りやすくなります。
上述のとおり、ミハイ教授によれば、フローに入るための条件は、(1)目標の存在(2)適度な難易度(3)適度なフィードバックの3つです。
これらの条件が満たされるように、意図的に組織制度を構築していけば、従業員がフローに入る可能性が高くなります。
例えば、目標設定という制度について、会社側が勝手に目標を押し付けるというスタイルではなく、従業員の意向や志向に合わせて目標設定を「お手伝いする」というスタイルに変更したり、能力が高い従業員に若干難易度の高い業務をあえて任せて行ったり、定期的にポジティブなフィードバックを与える機会を設けたりして、ディープフローに入りやすい環境を整えていくことができます。
従業員満足度の高い会社は、意図的か無意識的かはわかりませんが、上記のような制度設計を敷いていることが多いので大変参考になります。
これを機に、フロー状態を誘発できるような制度設計を模索してみてはいかがでしょうか。
ということで、今日はフロー理論をご紹介させていただきました。
ビジネスへの応用が非常にしやすく、かつ、実際に役に立つ理論だと思いますので、組織開発を担当している皆さんの参考になると思います。
ご活用いただけると嬉しいです。
ではまた次回!
WARCで働きたい!WARCで転職支援してほしい!という方がもしいらっしゃれば、以下よりメッセージをお送りください。
内容に応じて担当者がお返事させていただきます。