本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。
今回のキーワードは「集団浅慮(せんりょ)」と「リスキー・シフト」です。
集団的意思決定における重要な理論なので、押さえておきましょう。
集団浅慮(Group Think)とは、賢い人達が集まったとしても、集団になると愚かな意思決定をしてしまう現象のことをいいます。
ここでいう愚かな意思決定とは、リスキー・シフトのことを意味します。
そして、リスキー・シフトとは、よりリスクの高い選択肢を採用してしまう意思決定のことをいいます。
リスキー・シフトは、集団内で権力を持った人間の言動や声の大きな人の極端な意見に注目が集まることで発生しやすくなります。
集団浅慮という理論の産みの親については諸説あるようですが、今使われている意味を社会に広げたのはアーヴィング・エル・ジャニス(Irving L. Janis:社会心理学者, 元イェール大学及びカリフォルニア大学バークレー校教授)です。
彼は1971年にこの概念を初めて提示し、その後研究を続け、その成果を1982年に著書にまとめました。
ジャニス氏は著書の中で、集団浅慮がどのようなメカニズムで起こるのか、そして、その防止策にはどのようなものがあるのかを提示しています。
なお、集団浅慮は元々戦争における政治家の意思決定に関する研究なので、会社内組織における集団的意思決定に関する理論ではありません。
しかし、これらの概念は現在の会社組織における集団的意思決定においても極めて重要なものとなっています。
そのため、私は、企業経営者もその恐ろしさをよく理解しておく必要があると考えています。
そこで今回は、ジャニス氏の理論を企業組織内で使えるように分解し、解説していきます。
ジャニス氏の理論では、集団浅慮は以下のメカニズムで発生するとされているので、以下の順番通りに解説していきます。
先行要因とは、リスキー・シフトが発生しやすい要因のことを意味します。
そして、先行要因が発生しやすい条件として、以下の3つが挙げられます。
以下、それぞれ説明します。
まず、凝集性の高さとは、その組織にいる人間が、当該組織に留まりたいという欲求が強い状態のこといいます。
組織内の人間が、その組織に対して執着を持ち、留まり続けたいという欲求を持っている場合の方が、リスキー・シフトが発生しやすい状況が生まれやすいです。
なぜなら、組織に留まりたいと思っている人の方が、反論や反対意見を言いづらい心理状態に陥りやすいからです。
組織全体が熱に浮かされて、よりリスクの高い選択肢を選ぼうとしているときに、わざわざ反対意見をいえる人は、ある意味組織に執着がない人(いつでも転職できる人)なので、凝集性が高い方がリスキー・シフトは起こりやすいということになります。
次に、組織の構造上の欠陥には、以下のようなものが挙げられます。
凝集性が高い組織において、上記のような欠陥が揃っている場合は、リスキー・シフトが発生しやすい状況に陥っています。
なぜなら、誰も間違いを指摘しない状況が揃っていて、かつ、意思決定のルールがないので雰囲気だけで決まって行ってしまうからです。
その上で、誘発的状況があるとフルコンボです。
誘発的状況とは、集団的意思決定に対して、外部からの強い圧力がかかっている状態又は意思決定の誤りを指摘してくれる人が存在しないような状態を意味します。
外部からの圧力の例としては、例えば、緊急事態が発生してしまい、あと3日以内に決定して早急に行動しないといけないような状況です。
一方で、意思決定の誤りを指摘してくる人が存在しない例としては、日頃間違いを指摘してくれるメンバーが直近で大失敗をしてしまい、一時的に自尊心が欠如して、指摘ができなくなっているような状況を想像してください。
このような状況が揃っていたら、リスキー・シフトが極めて発生しやすい状況(先行要因)が存在しています。
同調行動とは、組織内の人間が、他のメンバーと同じ行動を取ろうとしてしまう現象です。
協調性が高い日本人にとってはお馴染みの現象なので、特に説明は不要かと思います。
日頃身近でよく発生する現象です。
前述した先行要因が存在して、組織内に同調行動が出始めたら、いよいよ危ない状態です。
先行要因が存在し、同調行動が発生し始めると、徐々に集団浅慮の症状が出始めます。
ジャニス氏によれば、集団浅慮の症状について以下の3つが挙げられています。
つまり、以下のような状態です。
まず、先行要因が揃って、同調行動が取られると、その組織は徐々に外部からの意見や評価を軽視し始め、自分たちの思想とは異なる人達を敵視し始めます(1.閉鎖的組織の形成)
そして、自分たちの能力やモラルに対して、過大な評価をし、盲信が生まれます(2.自組織に対する過大評価)
いわば、自分たちならできる、無敵だという妄想・過信です。
イケイケドンドンの組織にはよくある光景です。
その症状がさらに進むと、自分たちと異なる意見を持つ人間に対し、組織内で発言できないように圧力をかけるなどの症状が現れます(3.全会一致圧力の発生)
ここまでくると末期です。
上記(1)~(3)の状況が全部揃ったら、リスキー・シフトが発生します。
集団浅慮の恐ろしいところは、その過程で誰かがリスクに気づいたとしても、その人間自体が排除されるか、同調圧力を受けて自分の意見を話せない状況に陥る点にあります。
その結果、リスキー・シフトを止められないのです。
だからこそ、集団浅慮が発生する前に、様々な方策を持って防止する必要があります。
その防止策を検討するためにも、まずは欠陥的意思決定の特徴を整理してみましょう!
ジャニス氏によれば、欠陥的意思決定(リスキー・シフト)には以下の特徴があるとされています。
これらの特徴を打ち消すために、以下のような防止策が提示されています。
欠陥的意思決定を防止するための策として、以下の8つの防止策が考えられます。
以下、簡単にではありますが、解説させていただきます。
悪魔の代弁者とは、重要な意思決定を行う場合、批判的評価者をあえて置くという方法のことをいいます。
ここで重要なことは、単に批判的な人を置くのではなく、論理的思考を併せ持った批判能力の高い人を置くことです。
単なる評論家は議論の邪魔になることが多いので注意が必要です。
なお、悪魔の代弁者を務められる人は日本にはそこまで多くありません。
そもそも日本人は他人を面と向かって批判したり、異論を述べたりすることに慣れていませんから、最初のうちは非常に苦労すると思います。
ただ組織内にそういう役割をしっかり根付かしていけば、きっと批判的思考力(クリティカルシンキング)が身についていくと思います。
そして、この方法を成立させるためには、何よりも批判を受け入れる土壌がないといけません。
そのため、批判をされる側の人も批判を受け入れる精神状態を形成しておきましょう。
欠陥的意思決定(リスキー・シフト)の多くは、声の大きな人間の意見が押し通されることによって発生します。
そのため、欠陥的意思決定は、リーダーが自ら招いて起こしていることが多いのです。
これを防ぐ方法として、リーダーが意見を言わないという方法があります。
リーダーはあくまでも議論の促進者(ファシリテーター)としての役割に専念し、従業員らの意見に耳を傾ける存在に徹するのです。
この際、できる限り従業員を褒めることを心がけると良いです。
意見をいってくれたこと、反対意見をいってくれたことなどに対して、お礼を言ったり、称賛したりしてみましょう。
たったこれだけのことで、従業員の心はだいぶ楽になります。
リーダーが議論を歓迎する姿勢を見せれば、従業員はもっと自発的に良い意見を言ってくれるようになります。
逆に人を見る目がないリーダーほど、些細なことに口を出したがるし、自ら全部やりたがります。
それは従業員に対する不信感の現れであり、リーダーとしての不適格性を示す言動だと自覚して、一旦黙るという選択ができるようになると良いです。
検討事項の網羅性を担保するためには、複数のグループで別々に検討を行うことが有効です。
この際、議長(リーダー)を別にした方がより効果的です。
なぜなら、それぞれのリーダーの特徴によって議論する論点と視点が変わるはずだからです。
それが欠陥的意思決定の防止に繋がります。
ついでに、悪魔の代弁者をそれぞれのグループに置くとさらに効果的です。
また、グループの人数については3~5人程度に抑えた方が良いです。
人数が多すぎると船頭多くして船山に登る状態に陥りやすくなるためです。
意思決定をするコアメンバー以外の意見を聞くのも効果的です。
これを組織内で行う場合は、同一組織の別のチームの仲間同士でフィードバックを出し合うという制度を設けると良いでしょう。
例えばとある会社では、プロジェクトを進める際、各プロジェクトマネージャ同士で月に1回進捗説明会を行い、その際に相互にフィードバックを出すという制度を導入しているところがあります。
これによって抜け・漏れに気づきやすくなっています。
一方で、外部の人間を活用して行う場合は、以下の(5)を参考にしてください。
大きなプロジェクトの場合、外部専門家の意見書を取ることが効果的です。
特に規制業種に関する意思決定では、法律家の意見書をできる限りもらった方が良いです。
途中まで事業投資を進めたところで違法だとわかった場合、目も当てられない事態となるので、極力リスクのある事項は大手弁護士事務所の専門弁護士から意見書を取っておきましょう。
そして、若干グレーだとわかった場合は、プロジェクトを進めるより先に、関係省庁に意見を聞きに行くことをオススメいたします。
各分野の行政庁の考え方を知ることはとても重要で、それによって対応も変わってきます。
場合によっては同業他社と企業団体を作って、自主規制を策定することが最善策となることもあるので、法律家、行政などの力を借りて、意思決定の精度を補強していきましょう。
ある程度選択肢が絞れてきた段階で、各選択肢の懸念材料の洗い出し会議を開催することも有効な方法です。
この際、懸念材料の洗い出しを行う専門チームを作って一気に調査を行う方が合理的です。
リサーチ能力(調査能力)に長けた従業員が数名いると心強いです。
調査においては、それぞれの得意分野を活かして複数人で調査を行うべきです。
調査事項の分野の一例として、法的規制の有無・資金調達の要否・課税関係の確認・特許出願状況・事業の実現可能性・市場規模などが挙げられます。
それぞれの調査に長けたリサーチャーがいると最強です。
社内のリソースが不足している場合は、外部のシンクタンク、コンサル、会計事務所、法律事務所などを活用しましょう。
集団的意思決定のコアメンバーが切り捨てた選択肢について、別チームで再度合理性を判断し、記録として残しておくという方法も効果的です。
この再検討は、意思決定に関わったコアメンバー以外で構成された別チームで行う方が良いです。
なぜなら、意思決定に関わったコアメンバーが再検討をやっても、確証バイアスによって再度切り捨てる可能性が極めて高いからです。
なお、再検討会議の効果を担保するために、再検討会議によって、過去に切り捨てられた選択肢の方が合理的だったと判断された場合には、必ず取締役会に上程しなければならないという社内規定を定めても構いません。
意思決定の合理性を担保するための重要なワンクッションとなると思うので、効果的だと思います。
ただし、再検討会議を毎回実行していたら、意思決定のスピードは格段に落ちることになります。
ビジネスはスピードも大切なので、バランスを取らなければなりません。
ここが非常に難しいところなので、再検討会議制度の導入については経営陣で慎重に判断する必要があります。
最後に、意思決定後のことについても検討しておく必要があります。
人間の意思決定のミスはどんなに熟考してもゼロにすることはできませんから、実際にミスが起こった後の損害を最小限に留める方策を事前に考えておくべきです。
そこで、当該意思決定に内包される他のリスクを全部洗い出して、それぞれが顕在化した場合にどのようなリスクヘッジを用意しておくか、どの程度までの損害を許容するか、損切りをする方法としてどのような方法を採用するかなどを検討しておくと良いです。
なお、この検討会議にはリスク管理の専門家が必要なので、そういう人材も用意しておかないといけません。
以上が8つの防止策です。
ということで、今回は集団浅慮とリスキー・シフトについて解説させていただきました。
会社組織では、集団的意思決定が日々行われているので、集団浅慮が発生するリスクは常に存在しています。
しかし、その発生メカニズムと防止策を理解していれば、多くの集団浅慮を未然に防ぐことができると思いますので、ぜひ今回の知識を活用いただければと思います。
それでは、本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
WARCで働きたい!WARCで転職支援してほしい!という方がもしいらっしゃれば、以下よりご連絡ください。
内容に応じて担当者がお返事させていただきます。