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2024/09/06 更新

早期離職を防げるかもしれないRJP理論について解説します

組織心理学における重要理論の一つにRJPと呼ばれている理論が存在します。

本記事では、このRJPについてその定義や実践方法なども含めて解説していきます。

はじめに

本連載では、ビジネスで活用できそうな心理学理論や重要なキーワードをご紹介しております。

今回は、従業員の早期退職を防いでくれるかもしれない組織心理学分野の理論をご紹介します。
その名も “Realistic Job Preview”(以下「RJP」といいます)です!
この理論は、人事及び組織開発担当者にとって最も重要な理論の一つだと思いますので、組織運営に関わる方は内容をよく理解した上で、実務で応用していただければ幸いです。

1.RJPとは

RJP(Realistic Job Preview)とは、自社の内部事情や仕事の内容について、たとえ悪い情報であってもすべて誠実かつ事前に応募者に伝えることを意味します。
これを行うことで、組織に対する愛着が芽生えやすくなり、離職率の低下やモチベーションの向上という効果が発生しやすくなると言われています。

RJPは、ここ数年で少しずつその認知度を上げてきている理論ですが、まだまだ実践で導入されている事例は少ないです。
効果はすでに多くの論文で実証済みで、私自身も実践した上で明らかに効果がある方法なのですが、いざ実務で使おうと思うと越えないといけない壁がいくつかあります。

まず、企業側の人事担当者は、あくまでも一従業員に過ぎませんので、会社の悪いところを外部の人間に言うということがなかなかできません。
一歩間違うと情報漏洩にもなりかねませんし、ただの愚痴になってしまう可能性もありますから、どこまでの情報をどういう言葉を用いて開示するのかを判断しづらいのです。
その結果、会社の良いところだけを過度にアピールすることになります。

しかし、そのような採用を続けていると入社後に問題が発生します。
候補者からすると、入社前に聞いていた話と違っていたり、想像していたような良い会社ではなかったりということが頻繁に発生するので、入社してくれた人たちはリアリティショック(現実とのギャップによるショック)を受けてしまいます。
これが早期離職やモチベーションの低下を招いてしまう原因です。
人事領域でよく使う表現でいうと「採用ミスマッチ」という状態です。

この採用ミスマッチを防ぐために、応募者に対して「悪い情報も含めて」誠実かつ事前に情報を開示し、納得した上で来てもらうのがRJPです。
しかし前述のとおり、RJPは一従業員の判断で行えるものではないので、CEOやその他CxOクラスの役員が意思決定をしないとなかなか実践できないことです。
また、RJPを行うことによって、選考途中の辞退者が確実に増えます。
これはとても良いことなのですが、人材採用数を人事評価のKPIに置いているような会社だと、RJPはなかなか根付きにくくなります。
このあたりのバランスを取るのが非常に難しいのです。

2.RJPによる効果

続いて、RJPの効果について少し詳しく見ていきましょう。
組織心理学の論文では、RJPの効果として以下の4つがよく挙げられています。

  1. セルフスクリーニング効果
  2. ワクチン効果
  3. コミットメント効果
  4. 役割明確化効果

これらの効果が発生することで離職率の低下等に繋がっていくという流れです。
以下、一つずつ説明いたします。

(1)セルフスクリーニング効果

セルフスクリーニング効果とは、自己の判断で選ぶということで起こる自己正当化効果を意味します。

RJPを導入すると、応募者は入社前の段階でその会社のこと及び自分の業務について十分な情報を持った上で入社するかしないかを判断できるので、自己の判断によるスクリーニングの機会(取捨選択する機会)が得られます。

そして人は、自分で考え抜いて判断したことについて、それが正しいのだと思い込む性質があるため、覚悟が決まった状態で入社してくれることが多いです。
これを別の心理学用語で「確証バイアス」と言ったりしますが、その効果によって会社側としては都合が良い状態が生まれます。

すなわち、自分で様々な情報を総合考慮して選んだ会社なのだから、多少嫌なことがあったとしてもそれを自分のための試練と捉えて乗り越えようと努力してくれるので、リアリティショックが軽減されるわけです。
そのおかげで早期離職率の低下が見込めます。
この効果だけでもRJPを導入する十分なメリットがあると思います。

(2)ワクチン効果

ワクチン効果とは、初期段階に悪い情報をたくさん渡しておくと、実際に働き始めたときに発生した自分にとって不利益となる事実に対して免疫ができるという効果です。

入社前の段階で会社や業務に関する不利益情報を多く聞いておけばあらかじめ心の準備ができますから、入社後に他の不利益事実が発生したとしても、絶望感や不快感が緩和されるという仕組みです。

この効果はとても重要なもので、できれば多くの企業でRJPを導入してほしいと考えている理由の一つでもあります。
大抵のアクシデントはワクチン効果で乗り越えられるので、入社前の段階でどれだけ誠実に情報開示ができるかが鍵だと思っています。

(3)コミットメント効果

コミットメント効果とは、最初に不利益情報を渡したという事実が、その面接担当者及び会社自体に対する信頼感を生み、結果としてその組織に対する愛着・好感・帰属意識が高まるという効果です。

この効果は日本人にはとても大きな影響を及ぼすものだと考えています。
日本は善や徳の価値観が根付いている民族なので、不誠実さが現れている人や組織に対する嫌悪感を抱きやすい民族です。

だからこそ、入社前の段階では特に注意が必要で、不利益となる情報を隠すようなことをするべきではありません。
誠実に情報開示を行い、相手にとって不利益となる事実を自ら進んで開示していく姿勢を見せる事が重要です。

(4)役割明確化効果

役割明確化効果とは、選考段階で自社の不利益情報や抱えている課題などを把握することによって、応募者自身が自分の役割を明確に理解してくれるという効果です。

多くの応募者にとって、最も大きな不安は「その会社で自分が活躍できるか」です。
自信過剰気味な人についてはそういう心配をしないのだと思いますが、多くの日本人は謙虚なので、自分の能力に疑問を持っています。

だからこそ、自分にどのような仕事が回ってくるのか、どういう課題を解決すれば良いのかについて、あらかじめ把握しておきたいと願っています。
RJPによって様々な情報を開示しておけば、その人自体の役割を把握しやすくなりますから、その結果役割明確化効果が発生します。
役割が明確になれば、それをやりたいかどうかの判断が事前にできるため、入社を決めた人は総じてやる気がある人たちです。
これは会社にとっても大きなメリットだと思います。

以上、主に上記の4つの効果が発生して、早期離職率の低下及びモチベーションの向上が見込めるというメカニズムです。

3.RJPの実施方法

RJPの立案者であるWanous氏によると、RJPの実施方法は以下の5ステップとされています。

  1. RJPの目的説明
  2. 客観的事実に基づく誠実な情報提供
  3. 主観的事実に基づく誠実な情報提供
  4. 自己決定を促す
  5. 複数の選択肢を提示する

以下、一つずつ解説していきます。

(1)RJPの目的説明

最初に行うべきことは、RJPの目的を相手方に説明することです。
候補者に対して、これから話す内容には会社にとって不利益となる事実も含まれますし、応募者にとって不利益となる事実も含まれますが、それをあえて開示するのは、あなたのキャリアを心から想っているからですという誠実な姿勢を示す必要があります。

本来であれば当然のことをしているだけなのですが、日本ではまだ自社の良いところだけを開示する企業が多いので、最初の段階でRJPの目的を説明しておいた方がスムーズに進むと思います。
応募者側も事前の説明のおかげで悪い情報を聞く前の心の準備ができると思うので、できる限り事前に説明しておきましょう。

(2)客観的事実に基づく誠実な情報提供

客観的事実に基づく誠実な情報提供は、そのままの意味です。
自社の業績や状況を客観的な事実に基づいて誠実に説明していく時間です。
良い情報も悪い情報もありのままお伝えすればそれで問題ございません。

なお、ベンチャー企業の場合は、BSやPLを開示していないと思うので、できればそれらの情報も開示しながら話したほうが良いと思います。
ベンチャーは9割以上が赤字だと思うので、非常に伝えづらい情報だとは思いますが、そこをあえて開示するという勇気を示すことができれば、より強固な信頼を獲得できると思います。
そこで隠したりすることはあまり誠実な対応とはいえないので、特に会計専門職に対する選考では不利になるとお考えください。

(3)主観的事実に基づく誠実な情報提供

次に主観的事実に基づく誠実な情報提供では、面接官の気持ちや考えなどを話す時間です。
自分の目から見えている事実について、率直な意見を言ってしまって構いません。
会社の良いところも悪いところも、自分の個人的な意見としてどんどん開示しましょう。

ただ、面接官を役員以外が務める場合は、予め役員クラスからの許可を取っておいた方が無難です。
ビジネスマンである以上、何でもかんでも好きなことを話して良いというわけではないので、守秘義務の範囲を確認しておきましょう。

(4)自己決定を促す

すべての話が終わったら、最後に応募者の方に自己決定を促してください。
すべての情報を渡したので、それを踏まえてじっくり考えて、次の選考に進むか辞退するかを決めてくださいという形です。

もちろん、この時点で会社側から選考を見送るという場合もあるでしょうし、応募者側が辞退することもあります。
いずれにしてもプラスの結果なので一切気にする必要はありません。
RJPを行うことで、双方が誠実に情報を出し合う結果、より高精度なマッチングが行えるので、むしろ選考辞退・見送り件数は増加します。
それが普通のことなので気にせず行きましょう。

(5)複数の選択肢を提示する

これはある程度選考が進んだ後の話ですが、RJPをより高密度で行うために、複数の選択肢を提示することが重要です。
例えば以下のような選択肢が効果的です。

  • 短期インターンの実施
  • 短期業務委託の実施
  • 既存社員との交流会の開催
  • オフィスツアーの実施 など

上記のような選択肢を提示してあげることで、応募者側はより詳細かつ実感を伴う情報を得ることができます。
それによって会社への理解度が更に高まり、RJPの効果が増していきます。
大手企業だとできるかどうかわかりませんが、ベンチャー企業であれば比較的すぐに実践できるかと思うので、是非ご検討ください。

おわりに

ということで今回はRJPについて解説させていただきました。
人事担当者の皆様、及び組織開発を任された管理職の皆様にとって有益な情報となれば幸いです。

ではまた次回。

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