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コラム
2024/08/14 更新

ストックオプションを目的にしたベンチャー転職はあり?SO制度について解説

はじめに

本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。

今回は、ベンチャー企業で働く人にとって特に重要な「ストックオプション」について解説していきたいと思います。

1.ストックオプションとは?

ストックオプションとは、正式には「新株予約権」といい、将来において、予め定められた条件及び価格でその会社の株式を購入できる権利を意味しています。
ベンチャー界隈ではストックオプションの略称として「SO(エス・オー)」を使用するのが一般的です。

多くのベンチャー企業では、このストックオプションを利用して、インセンティブ制度が設計されています。
これがなぜインセンティブ(報酬)になるのかというと、以下のような事例を見ればわかりやすいです。

まず、上場を目指すベンチャー企業A社があったとします。
この会社が創業間もない時期に、その時点での株価を基準にして新株予約権を発行し、その権利行使価格(将来の株式価格)を1株1,000円と定めたとします。

そして、権利を行使できる条件は、上場を果たしたときとしました。
つまり、このA社の新株予約権は、A社が上場できた場合に、A社の株式を1株1,000円で買える権利ということです。

なお、実際に上場したときに、この新株予約権を実際に行使するかどうか(A社の株式を買うかどうか)は、ストックオプションをもらった従業員個人が自分で決めることができます。

その後、A社は運良く上場することができました。
この時のA社の株価は1株あたり10,000円になりました。
この場合でも、A社の新株予約権を持っている人は、1株1,000円で買うことができます。
したがって、1株1,000円で買って、すぐ市場で売れば、差額の9,000円が譲渡益として入ってきます。

この譲渡益がインセンティブ(報酬)になるのです。

そして、差額の9,000円 ✕ ストックオプションに定められた購入可能数(ストックオプションごとに買える株の枚数が定められている)が利益になるので、ストックオプションをたくさんもらえばもらうほど先々上場した場合の利益が大きくなります。

それでは、ストックオプション(以下「SO」といいます。)について、もう少し詳しく解説していきましょう。

2.SOを活用する理由

多くのベンチャーが好んでSOを活用する理由には様々なものが考えられますが、私が重要だと思っている理由は以下の4点です。

  1. ベンチャー特有のリスクへの対価
  2. 報酬ギャップの補填
  3. 創業者利益の公平分配
  4. 共同経営意識の醸成

以下、詳しく解説していきます。

(1)ベンチャー特有のリスクへの対価

ベンチャー就職及び転職には様々なリスクが伴います。

まず、ベンチャー企業は資金力が乏しいので、大手企業と比べて報酬は安いですし、福利厚生も整っていません。
また、住宅ローンを借りる際の金融機関からの信用度も低くなりますし、後々転職しようと思った際に無名ベンチャー企業だったらプラスの評価は受けません。
さらにいうと、ベンチャー企業の業績はあっという間に悪化して、下手をすると倒産一歩手前か実際に倒産します。

このような諸々のリスクを取ってでも入社してくれた従業員に対して、何らかの対価を支払う必要が出てきます。
少なくとも優秀な経営者ならそう考えます。

このときに活用するのがSOです。

将来自社が上場できたときに、株の値上がりによる利益で対価を支払うという考え方です。

ただし、SOは上場しない限り行使できないことがほとんどですから、上場できなければ何の意味もないので、あくまでも「希望」を与える程度のものです。
それに、SOの行使条件として「行使時に当社の従業員であること」が条件に付されることが多いので、途中で転職等した場合にはSOは消滅します。
言ってしまえばその程度の確度しかない対価です。

(2)報酬ギャップの補填

今でこそだいぶ差が無くなってきましたが、一昔前までは大手企業とベンチャー企業の報酬帯には中堅クラスの社員で200万円くらいの差が開いていました。
役職が上に行けば行くほどこの差(ギャップ)が大きくなりますので、役員クラスの年収では、大手企業と比べると1,000万円以上のギャップが生まれることもありましたし、今でもそのくらいのギャップはよくあります。
福利厚生やその他の待遇を考えるともっと大きなギャップになります。

そのような格差を是正するためには、多額の人件費をかけられるだけの資本力が必要ですが、ベンチャーにはこれがありません。

そこで、公認会計士、税理士、弁護士、凄腕エンジニア、経営戦略を専門とする優秀な人材などを獲得するために、SOを活用して報酬ギャップを補填するのです。
ベンチャーとしては「将来的に自社が上場できたら、株式を売って一財産築いてくださいませ」という気持ちです。

もちろん、上場できるベンチャーはほんの一握りなので、ギャンブルに近い確率ではあるのですが、SOが全く無いよりは発行しておいた方が夢を与えられるのでよく活用されています。

(3)創業者利益の公平分配

ベンチャー企業が上場する最大のメリットは、創業者利益の獲得です。

例えば、当初100万円の資本金で創業した会社が、一切資金調達を行わずにIPOを果たして、結果的に100億円の時価総額になりましたとなったら、当初の100万円が1万倍くらいの価値になります。
こんな夢のようなことが起こるのがIPOであり、その利益を創業者利益といいます。

誰がどんな綺麗事を言おうと、IPOという場面では、原則として創業者利益が最も大きな利益になりますし、創業者がその利益を享受します。

もし、ストックオプションを発行せず、従業員に一切株を渡さないという方針であれば、創業者が創業者利益をすべて独占することになります。
IPOさえ果たせばあっという間に大金持ちです。

しかし、そんな創業者を尊敬できますでしょうか。
私は無理です。

それに、今の時代のベンチャーでストックオプションを発行しないというところは少数派ですし、ストックオプションを従業員に配らない会社は、優秀な人材からも敬遠されますので、良い人材を獲得しづらくなります。
創業者だけが利益を得るという時代はもう終わっているので、創業者利益の公平分配はいわば当然のことです。

その分配の手段としてSOが活用されています。

(4)共同経営意識の醸成

ベンチャーでは、経営の中核を担うコアメンバーについて、共同経営者としての意識を醸成するためにSOを活用するということがよくあります。
例えば、CFO、COO、CAO、CLOなどの重要役職者にSOを多く発行して、創業者と同じ利益関係を持たせるのです。
そうすると、経営陣全員が同じ方向を向いてIPOを目指せますし、会社の利益がそのまま自分の利益にも直結する立場にあるので、不正等を行うリスクも軽減できます。

このような発想でSOを活用することは、今ではもう当たり前になってきているので、ベンチャーを創業しようと思っている人はSOの分配割合等を今のうちから考えておきましょう。

3.SOを目的とした転職はありか?

SOの概要とベンチャー企業で活用される理由がある程度把握できたところで、実際問題として「SOを目的とした転職はありか?」という論点について考えてみたいと思います。

長い間ベンチャー業界にいますが、私の知る限り、SOで儲かるということはあまりありませんし、現在上場を果たしたベンチャーにいる人達でも1,000万円を超えるような利益を上げられている人は数名程度です。
しかも、役職が上位層(部長以上またはCxO)の人たちだけです。
そのため、SOで一儲けするためにベンチャーへの転職を検討するというのはただのギャンブルだと思いますし、ほとんどのケースでその夢は叶わないでしょう。

主な理由としては、以下の3つが挙げられます。

  1. 上場できるベンチャーは極一部
  2. SOを大量にもらえる社員は極一部
  3. 上場間近のSOではあまり利益が出ない

以下、それぞれご説明いたします。

(1)上場できるベンチャーは極一部

ベンチャー及びスタートアップは毎年何千社も生まれていますが、その中で実際に上場できる企業は極々一部です。

正式な統計値はないですし、日々ベンチャーは創業され続けるので正確な統計を取ることもできないと思いますが、上場できるベンチャーが1%も存在しないことは肌感でわかります。

そもそも上場企業は2024年8月8日時点で3955社しかいません。
全国に230万社以上ある株式会社の中で、上場できているのはたった4000社弱です。
この時点で0.17%程度の確率です。

したがって、SOをもらっても、ほとんどの企業はIPOを果たせないので、全く無価値のまま転職日を迎えることが圧倒的に多いのです。

(2)SOを大量にもらえる社員は極一部

前述のとおり、上場できるベンチャーは極々一部です。

そして、上場できた会社の中でも、SOで一財産を築けるほどの数を発行してもらえるのは数人から十数人程度です。
配布できるSOの数には限りがあるので、まずは会社経営により重要な役割を果たしている社員(主に取締役、執行役員、CXOメンバー等)を中心に割り当てられ、一般社員がもらえるSOの数は雀の涙程度であることがほとんどです。

もっと具体的なお話をすると、SOで1000万円以上の利益を得られるのは、会社内でも数名程度だと思います。
よほど規模の大きな会社のIPOでもない限りはその程度です。
そう考えると、一般社員の場合は転職時にSOというものを気にする必要すらないかもしれません。

逆に、SOの個数等に固執すると、他人と自分の個数を比較してイライラすることになると思うのであまりオススメしません。
自分自身が上場後までその会社に残る気があり、かつ、部長や執行役員以上を目指せる能力がある場合にだけSOのことを気にするべきで、それ以外の場合であればSOのことは忘れましょう。

(3)上場間近のSOではあまり利益が出ない

SOの仕組みは前述のとおり、行使価格と市場での売却価格との差額です。

つまり、大きな利益をあげるためには、行使価格ができる限り低いSOを手にし、かつ、市場株価ができる限り高い状態のときに売却する必要があります。
これが極めて難しいので、大きな利益が出るケース自体が少ないのです。

まず、行使価格ができる限り低いSOを手にする方法ですが、これに関しては創業後すぐまたはシリーズBくらいまでに発行されたSOじゃないと、厳しいかなと思います。

そもそもベンチャー企業というものは、創業時が最も企業価値が低く、事業が少しずつ現実化してきた辺りから徐々に企業価値を高めていきます。
そして、多くの場合、途中でVC(ベンチャーキャピタル)等から資金調達を行いますので、その調達時に企業価値を算定され、徐々に1株あたりの単価が高くなっていきます。
そのため、創業間もない時点でSOを発行し、それを信託銀行などに信託しているなどの事情がない限りは、シリーズB以降の行使価格が結構な高値になってしまうのです。

じゃあ創業間近のベンチャーに入ればいいのではないかと思うかもしれませんが、創業間近のベンチャーなんて、マンションの一室をオフィスにしているようなところがほとんどで、会社という形すらまともに保てていないような状態です。
その段階のベンチャーに転職する勇気がある人は極一部でしょう。

もし運良く創業後間もない頃のSOを大量に手にして、さらに運良くIPOまでたどり着けたとしても、高値で売却できるかは怪しいです。
というのも、従業員がSOによって獲得した株式を売却できるのは、通常IPO後半年以上経った後だからです。
これをロックアップ期間といいます。

そして皆さんご存知のとおり、ベンチャーがIPOを果たした場合、その多くがIPO直後に最高値を付けて、その後はずっと下落し続けることが多いです。
そうやって、行使価格と売却価格との差がドンドン縮まっていきます。
したがって、SOで大きな利益を上げるのは難しいのです。

たまに大型のIPOによって従業員から億万長者が発生したりすると、それがニュースになって大きく取り上げられたりしますけども、実例としては極めて稀なことです。
IPOの直前期(2~3年前)に受け取ったSOの場合だと、下手すると行使価格より売却価格の方が安い(利益どころか損失になる)ことすらあります。
だから、あまり夢を見ないほうが良いです。

おわりに

ということで今回はストックオプションについて解説させていただきました。

夢も希望のないことを書きましたが、私自身はそれでもベンチャー業界が好きです。
ストックオプションを目的としてこの世界に転職してくるというのはオススメしませんが、熱量高く仕事がしたいとか、やる気がある人たちと仕事がしたいという人は向いていると思います。

ベンチャーが好きで働いている人にとって、SOなんていうものはただのおまけみたいなものでしかありません。
そういう感覚でいた方がベンチャーでの生活を楽しめると私は思います。

それでは、今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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瀧田桜司

役職:株式会社WARC 法務兼メディア編集長/ 学歴:一橋大学大学院法学研究科修士課程修了(経営法学)及び京都大学私学経営Certificate/ 資格:司法試験予備試験・行政書士など/ 執筆分野:経営学・心理学・資格・キャリア分野のコラム記事を担当させていただく予定です

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