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コラム
2024/07/24 更新

【経営学理論】M&Aにおけるスタンドアローン問題について解説

はじめに

本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。

今回は、M&A実務において時々発生する重要な論点の一つである「スタンドアローン問題」という論点について解説させていただきます。

1.スタンドアローン問題とは

スタンドアローン問題とは、M&Aにより、グループ会社の一部又は事業の一部が資本関係から切り離されることによって発生する様々な問題のことをいいます。

例えば、とあるグループ会社の子会社1社を買収するケースを想定してください。
この場合、グループ内にある子会社は、そのグループに属しているからこそ得られる利益を享受しています。
その利益とは、親会社が経理・財務・法務等の管理業務をすべて引き受けている、又は親会社のネームバリューで大手との契約が締結できているなどの利益です。

このような利益を享受している状態の子会社(または一つの事業)がM&Aによって資本関係から切り離されることによって、今まで得られていた利益を受けられなくなることを「スタンドアローン問題」と呼称しているのです。

2.スタンドアローン問題の実例

スタンドアローン問題は、実例を知っていることが重要です。

そこで今回は、M&Aの実務でよく発生するスタンドアローン問題の実例を5つご紹介していきます。

(1)管理部門が無くなる事例

企業グループの場合、管理部門を親会社が統括していることが多いため、グループ内の子会社を単体で買収した場合に経営管理部門がごっそりと無くなってしまうことがあります。
このような事例では、買収後の経営管理をどのように行うのかについて、事前に検討しておかないといけません。

特に重要なのは経理・法務です。
経理と法務を親会社がすべて統括している場合、子会社のメンバーでは経理処理の詳細がわからない、契約の詳細がわからないという事がよく起こります。
そのため、事前にM&Aの契約において、経理・法務関連の引継ぎ業務を親会社の担当者が責任を持って行うなどの規定を設けておかないといけません。

また、子会社と親会社の連結決算などを行う際に使っている会計SaaSなどがあるはずなので、そのデータの引継ぎなども予め確認しておきましょう。
過去の会計データが杜撰だったりすると、引継ぎに長い時間がかかることがよくあるので、中身をしっかりと見て、作業工数を見積もっておくべきです。

さらに、法務関連の論点でいうと、本来子会社の名前で契約すべき契約をなぜか親会社の名前で締結しているということがよくあります。
この場合、M&Aで当該子会社を買収しても、重要な契約が引き継がれないということが起こるので、M&Aを実行する前に重要な契約を洗い出して、事前に当事者変更の覚書を締結しておくべきです。

スタンドアローン問題は、起こってしまう前に手を打つことが大切なので、事前のデュー・デリジェンス(DD)で確認しておきましょう。

(2)重要な契約が無くなる事例

M&Aを実行してしまったがゆえに、重要な契約が無くなるという問題が発生することがよくあります。

例えば、売手の経営者の個人的な力によって契約が存続しているケースです。

その他にも、企業グループの子会社の一つを買収したときに、親会社の影響力のおかげで重要な契約が取れていたようなケースでは、当該契約が解約になるリスクがあります。

このような事態を未然に防ぐためにも、法務DD・財務DDを通じて、重要な契約の存続可能性をチェックすべきです。
売上構成比の高い順に契約書を並べて、それぞれの契約について、M&A後に解除されるおそれがどの程度あるか、仮に解除された場合に業績にどれだけの影響があるかを十分に検討しておくと良いでしょう。

その他のリスクヘッジとしては、M&Aの最終契約の中に価格調整条項を設けて、特定の契約がM&A後1年以内に解除・減額等された場合にM&Aの対価の一部を返還させるとか、そもそもの買収対価を分割払い(アーンアウト条項)にするなどの対応を検討しておくと効果的かもしれません。

(3)親会社からの収益が無くなる事例

企業グループの1子会社を買収する場合に、当該子会社の親会社が、絶大な権力と財力を持っていて、子会社にも仕事を振ってあげているケースなどでは、M&A実行後に親会社からの収益が無くなってしまうことがあります。

このような事例はDDで気づくことが多いですが、関連会社を経由している場合や提携先を経由している場合などには見落としてしまうこともあります。
そのため、財務DDや法務DDを行う際に、売上構成比の高い契約をよく分析して、実質的にみて親会社からの収益かどうかを調べる必要があります。

もし親会社がその影響力を駆使して当該売上を作り出している場合は、M&A実行後に無くなるという前提で対価を決定するべきです。
この点を見落としてしまうと高値掴みをすることになり得ます。

(4)コアメンバーがいなくなる事例

企業グループの1子会社を買収するケースでよく発生するのが、コアメンバーの離脱です。

これは、親会社に優秀なマネージャーが所属していて、子会社に出向しているケースなどでよく発生します。
親会社からの出向はM&Aの実行によって通常終了することになるので、M&Aをすることによって子会社からコアメンバーが離脱してしまうのです。

このような問題を財務DDや法務DDであらかじめ見つけ出すのは難しいです。
そこで最近では、労務DD若しくは人事DDという名称で、社内のメンバーの雇用関係を細かくチェックするDDが行われています。
これによって、各メンバーの雇用形態(直雇用、アルバイト、有期契約、業務委託、出向など)がわかりますので、あらかじめ離脱するメンバーをある程度把握することができます。

(5)知的財産権がなくなる事例

グループ会社の一部を買収、又は事業の一部だけを買収する場合に、知的財産権(商標権・特許権等)が移転しないケースがあります。

例えば、子会社の知的財産権を親会社が自己の名義で一括取得・管理している場合や事業譲渡契約に知的財産に関する譲渡条項が入っていない場合などです。
この場合、買収したとしても知的財産権は売手に残ったままになりますから、買収した会社から見ると旨味が減ります。
そのため、M&Aの実行前に、知的財産権の名義及び保管状況を確認しておきましょう。
そのうえで、必要に応じて名義変更を行ったり、M&Aの最終契約で知的財産権に関する取り決めを規定したりしてリスクヘッジをしておくべきです。

おわりに

ということで今回はスタンドアローン問題を解説させていただきました。
皆様の参考になれば幸いです。

それでは今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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