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コラム
2024/10/25 更新

経済学における重要な理論である「逆選択」について解説

はじめに

本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。

今回は経済学の分野から「逆選択」というキーワードについて解説していきます。

1.逆選択とは

逆選択とは、本来であれば市場で淘汰されるはずの粗悪な商品・サービスが淘汰されず、生き残ってしまう現象のことをいいます。

逆選択という現象が起こってしまう原因は、情報の非対称性にあるといわれています。

情報の非対称性とは、取引の当事者間で情報格差がある状態のことを意味します。

逆選択の代表的な事例である中古車市場の事例を使ってその構造を見ていきましょう。

例えば、以下のような中古車が市場に存在したとします。

  • A車:キレイな中古車
  • B車:キレイな中古車
  • C車:故障している粗悪な中古車

この場合、通常C車を選ぶ人はいませんので、C車だけ最後まで売れ残ってしまい、最終的には廃車になります。
これが本来あるべき市場の姿です。

では、以下の場合はどうでしょうか。

  • A車:キレイな中古車
  • B車:キレイな中古車
  • C車:キレイな中古車に見えるが、実は故障している粗悪な中古車

この場合、中古車の売手(中古車業者)は当然にC車が故障していることを知っています。

しかし、買手にとっては見た目が一緒なのでわかりません。

これが情報の非対称性がある状態です。

このような市場では、買手は自己のリスクを軽減させるために「万が一不良品を掴まされた場合のリスクに備えて安い買取価格を提示しよう」という行動に出ます。
そうなると、本来であればもっと高い価格がつくはずの優良中古車の売手側に不満が溜まっていきます。
その結果、優良中古車の売手は「この中古車市場で販売しても損するだけだな」と考えるようになり、市場から撤退していきます。
それが継続すると、中古車市場に不良品や粗悪品しか出回らなくなっていきます。

このように、本来の市場であれば淘汰されるべき商品が、逆に市場に溢れてしまう現象が逆選択という現象です。

中古車市場以外でも、例えばメルカリなどの中古品売買市場や古本市場などでも同様に逆選択が発生し得ます。
比較的身近な現象なので、知っておいて損はないと思います。

他にも逆選択が発生し得る市場がありますので、解説していきましょう。

2.ローン市場における逆選択

住宅ローンを含め、ローン市場も逆選択が起こりやすい市場です。

ローン市場では、まず借手側が貸主側に対して様々な情報を提供します。

例えば、自分の個人情報、年収、返済計画などです。

しかし、その内容に虚偽の事実が混じっていた場合どうでしょうか。

この場合、貸主側は借手についての情報を容易に調べることができません。
つまり、情報の非対称性が存在しているのです。

そこで貸主側としては、借手が虚偽の事実を申告するリスクや返済不能リスクを低減させるために、貸付審査を厳格に行うようになります。
その結果、様々な証拠を集めるために、借手にたくさんの書類を要求するようになります。

例えば、ローンの審査時点で、源泉徴収票や確定申告書の写しを数年分要求したり、会社側に在籍確認証明書を発行させたり、メインバンクの通帳の写しを要求したり、担保となり得る不動産に抵当権をつけるように要求したり、連帯保証人を2名以上要求したりすることが考えられます。

住宅ローンを申し込んだことがある人は、あの面倒な手続を思い出してください。いろいろと大変だったはずです。

このように、貸主側が審査を厳格にすればするほど、優良な借手(返済能力が高い人やお金を借りなくてもいい人)は住宅ローン市場から撤退していきます。

逆に、お金をどうしても借りなければならない人たちほど市場に残り、熱心にお金を借りようとします。
これも逆選択の一種です。

3.転職市場も逆選択

転職市場も逆選択が起こりやすい市場です。

まず、転職をしたいと思っている人(求職者)は、自分の年収を高くするために、経歴や能力を誇張したいというインセンティブが働きます。
これは人間なら多少はある感情です。

一方で、採用する企業側は、求職者の能力を正確に把握して、極力安い報酬で良い人材を雇いたいと思っているところが多いですが、求職者側の情報を把握しづらい立場にいます。
したがって、転職市場でも情報の非対称性が存在しています。

この場合、企業側としては、求職者の経歴・能力を正確に把握するために、より厳格な採用プロセスを構築しようとします。
つまり、面接回数を増やしたり、様々な書類を提出させたり、何らかの能力検査を受けさせたり、第三者への聞き取り調査をしたりするわけです。

しかし、優秀な人材から見ると、時間と労力を奪われるような採用選考を実施している企業に転職したいとは思えないはずなので「この会社じゃなくていいや」とか「やっぱり転職しなくてもいいや」という結論に至りがちです。

優秀な人材は元々の年収が高いですし、比較的良い待遇・環境にいることが多いので、わざわざリスクを冒す必要がないのです。
その結果、優秀な人材が転職市場から離脱し、今すぐにでも転職したい状況に追いやられている人が残りやすい状況になります。

これも逆選択といえます。

そして、転職市場において現実によく起こっている現象です。

4.逆選択にどう対策するか

逆選択の問題は、情報の非対称性が存在するからこそ発生するものです。
ということは、情報の非対称性を解消するような施策を打てば、逆選択の問題は解決されるはずです。

そして情報の非対称性は、情報を持っている人と持っていない人の間で起こる問題ですから、情報を持っている側の対策と持っていない側の対策がそれぞれ考えられます。

情報を持っている側の対策として研究が進んでいるのが「シグナリング」と呼ばれる対策です。

一方で、情報を持っていない側の対策として研究が進んでいるのが「スクリーニング」と呼ばれる対策です。

以下、それぞれ解説いたします。

(1)シグナリング(情報を持っている側の対策)

まず情報を持っている側の対策であるシグナリングについて説明させていただきます。

シグナリングとは、情報を持っている側が、情報を持っていない側に向けて、わかりやすいシグナル(信号)を発信することで情報の非対称性を軽減させようとする対策です。

先程紹介した「転職市場」のケースで考えてみましょう。

転職市場における求職者は、自分自身のことをよく理解しているため、情報を持っている側と見ることができます。
一方で会社側は、求職者が本当に優秀かどうかわからないという意味で、情報を持っていない側と見ることができます。

このケースで、求職者側が、自身の「学歴」や「資格」を正確に開示するという行為がシグナリングに該当します。
卒業証明書、成績証明書、合格証書などを添付した上で応募をすれば、その人の大体の学力と保有資格がわかります。
そのようなシグナリングを行うことで、会社側との情報の非対称性が一定程度解消されます。

その他にも、会社側の経営層と求職者との共通の知り合いを見つけ出し、その人からの推薦状を提出するという方法もあります。
アメリカの転職市場では、推薦状を提出することも多いそうです。

このようにして、求職者と会社の情報の非対称性を解消していけば、より適切な採用活動が行われるようになります。

なお、転職市場では上記と逆のシグナリングもあり得ます。

前述の説明では求職者側が情報保有者として説明しましたが、会社側の情報という意味においては、求職者側が情報弱者であるといえます。
つまり、求職者側は会社の実態を把握できる立場にないのです。

会社が自社をよく見せるためにホームページ等を加工して、キラキラしているいい感じの雰囲気を演出しているとすれば、求職者側はなかなか実態を把握できなくなります。
実際は地獄のような重労働と長時間労働を強いられる職場であったとしても、気づくことすらできません。
このような悪質な会社が増えていくと、転職市場における逆選択が起こり得ます。

このケースにおいて、情報を持っている側は会社側です。
そのため、会社側がシグナリングを行うことで、ある程度情報の非対称性を解消することができます。

例えば、選考段階で候補者に対して自社の財務情報を細かく開示したり、正式な入社の前にインターン制度を設けたりするなどの方法が考えられます。

会社側が積極的に内部情報を開示すれば、候補者側は安心して転職することができます。
実際、採用上手な企業はこの方法を多用していて、候補者の不安を解消する活動を多く行っています。

(2)スクリーニング(情報を持っていない側の対策)

次に、情報を持っていない側の対策を見てみましょう。

スクリーニングとは、情報を持っていない側が、持っている側に対して複数の選択肢を提示し、その選択を通じて相手方の情報を取得することをいいます。

先程のローン市場の例で見てみましょう。

まず、ローン市場では、貸主側は借手側の情報を正確に把握できないため、貸主側が情報を持っていない側でした。
そこで貸主側は、スクリーニングとして、ローン商品を複数作って、それを相手に選択させることで借手側の情報を取得することができます。

極端な例ですが、以下のような商品を作ってみます。

【商品1】

  • 貸付限度額50万円
  • 年利12.0%
  • 必要書類(審査申込書のみ)

【商品2】

  • 貸付限度額1,000万円
  • 年利2.0%
  • 必要書類(審査申込書、確定申告書3年分、預金証明書、不動産担保関係書類)

上記の商品1は、必要書類が少なく、簡易な審査で申し込めますが、貸付利率が高いです。

一方で、商品2は、貸付利率が低い分、必要書類が非常に多いです。

この場合、返済能力が高く、低い金利で資金調達をしたい人は、自ら進んで商品2を選びますので、貸主側は自然と情報を集めることができます。

また、十分な返済能力を持っているが、審査が面倒だという思う人については、商品1を選ぶでしょう。
この場合でも、貸主側は返済能力の高い借手から高い金利を獲得できるため損をしません。

一方で、返済能力が低い人(不動産担保などを提供できない人)は、商品1しか選べないと思われます。
仮に商品2を選んでも審査で落とされるからです。
ただこの場合でも、貸主側は高い貸付利率によるリスクヘッジができていますので、損失を最小限に抑えることができます。

このように、情報を持っていない側が、情報を持っている側に対して複数の選択肢を提示して、情報を持っている側に選択させることで、情報の非対称性によるリスクを解消することができます。

現実世界では、商品1と似た商品としてクレジットカード等についているリボルビング払いがあります。
高い利息を取られますけど、審査は極めて簡易で、書類すらいらないパターンが多いです。

商品2と似た商品は、住宅ローンや不動産担保ローンなどが該当します。

このようにして、スクリーニングは実社会でも活用されています。

おわりに

ということで今回は経済学分野の「逆選択」について解説させていただきました。
少し難解な内容も含まれておりますが、知っておいて損をする理論ではないので、簡単な概要だけでも押さえておきましょう。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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