本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。
今回は「エージェンシー問題」という極めて重要な論点について解説していきます。
この論点は、経済学や法学の分野で何十年も議論が続いている難題を含む重要論点です。
エージェンシー問題とは、正式には「プリンシパル・エージェント問題(理論)」(Principal–Agent Problem)といって、本人(プリンシパル:Principal)と代理人(エージェント:Agent)との間で発生する様々な利害対立問題の総称のことをいいます。
どのような利害対立問題かというと、代理人が本人からの依頼の趣旨どおりに動かずに、信頼関係を破壊するような行為(自己の利益を優先した行為)に出るかも知れないという問題です。
具体例で見てみましょう!
まず、AさんとBさんという2人がいたとします。
そしてAさんは、Bさんに対して、自分の代わりに焼きそばパンを買ってきてほしいと依頼して、1,000円札を渡しました。
この事例では、Aさんが本人(Principal)で、Bさんが代理人(Agent)ということになります。
さて、Bさんは、Aさんの代わりに、駅前のパン屋さんに行きました。
すると、駅前に新しいパン屋さんができていて、旧パン屋と新パン屋の2店がオープンしている状態になっていました。
しかも、全く同じ焼きそばパンを売っているのに、その値段がそれぞれ違います!
この場合、代理人であるBにとっては、大きく分けて3つの選択肢があります。
まず(1)と(2)を比べてみると、依頼人の利益になるのは最もお釣りが多い(2)です。
しかし、代理人であるBにとっては(1)と(2)は正直、どっちでもいいです。
どちらにしても利益はゼロだからです。
一方で(3)に関しては、200円の利益が出ます。
Aに焼きそばパンを渡す前にレシートを捨てて、オープン記念割引が開催されていたという事実を言わなければバレません。
このような状況下では、代理人であるBは(3)を選んで200円を盗んでしまう可能性があります。
これがエージェンシー問題です。
ざっくりいうと、代理人が本人の利益に反して、自己の利益を優先した行動に出てしまうかもしれないという論点です。
エージェンシー問題の発生原因は、情報の非対称性にあると考えられています。
情報の非対称性とは、当事者間で情報格差がある状態のことをいいます。
上記の例でいうと、新店と旧店の値段格差に関する情報は、代理人であるBのみが持っています。
そして、本人であるAはまだ何も知りません。
この状況下では、後々たまたまAが新パン屋に気づき、オープン記念割引に関する情報を知ったなどの事情がない限り、Bが200円をもらっても気づかれないでしょう。
このように本人と代理人との間で情報格差があるがゆえに、代理人がそれに付け入る隙が生まれるのです。
このようなエージェンシー問題は、日常的にも発生しています。
代表的なものでいうと、株主と経営者の関係です。
株主は、自分のお金を出資して、経営者に会社の経営を任せます。
したがって、株主が本人で、株主から経営を任されている経営者は代理人です。
このとき、実際に経営を行っているのは経営者なので、経営に関する生の情報を有するのも経営者側です。
他方で、株主側は経営に関わっていないので、その情報をなかなか知り得ない状況にあります。
このような状況下では、株主の意向に完全に沿うように経営者が経営を行ってくれるとは限りません。
これもエージェンシー問題です。
その他にも、上司と部下、親と子ども、友人同士、依頼人と弁護士などでもエージェンシー問題はいつでも発生し得る問題です。
そのため、かなり身近な論点と言っていいでしょう。
では、どうすればエージェンシー問題を防止できるのでしょうか。
この点については、主に以下の3つの防止策があると考えられています。
以下、一つずつ解説していきます。
監視(モニタリング)とは、代理人を監視する仕組みを導入することを意味します。
この方法はいたる所で見つけることができます。
例えば、コンビニの監視カメラが挙げられます。
コンビニの監視カメラは、店内を撮影することで万引等を防止するために設置されると思われがちですが、実はそれだけが目的で設置しているのではありません。
コンビニにおける監視カメラは、アルバイトたちの監視も目的にしています。
治安の悪い地域では、アルバイトがレジのお金を盗む、商品を盗む、レジで精算をしたかのように見せかけて有人に商品を盗ませるなどの犯罪行為が頻発します。
これは典型的なエージェンシー問題で、オーナーの代わりに店番をする代理人たるアルバイトたちが、本人(オーナー)の利益を犠牲にして、自分の利益を優先しているから起こる現象です。
もう一つの事例としては、株式会社に設置される監査役制度もモニタリングの一種です。
監査役は、株主の代わりに経営陣を監視する役割を担っています。
すなわち、監査役が経営者の業務執行をモニタリングすることで不正を未然に防止しようとしているのです。
このように何らかの形で代理人の行動を監視するのがモニタリングという防止策です。
なお、モニタリングはどうしてもコストがかかってしまうものです。
このようなコストを「エージェンシーコスト」といったりします。
上記の例でいえば、監視カメラのお金、セッティング費用、動画保存コスト、監査役を探すコスト、採用コスト、監査役の人件費などが挙げられます。
モニタリングは比較的簡易に導入できる防止策であり、効果もある程度あるのですが、コストが嵩む点に弱点があります。
インセンティブとは、代理人が正しい行動に出るように、様々な工夫を凝らして導くという防止策です。
エージェンシー問題は、本人と代理人との間で利害が対立するような状況が発生してしまうから起こるので、その状況自体を消滅させようという考え方です。
つまり、本人と代理人が同じ利益を目指せるように、制度を設計してみましょうというのがインセンティブという防止策です。
しかし、これが意外と難しいのです。
ベンチャーなどで実際に行われているインセンティブ策でいうと、ストックオプションが挙げられます。
これは、株主(本人)と雇われ経営者(代理人)との間のエージェンシー問題を防止するための対策です。
雇われ経営者がストックオプションをもらうことによって、実質的に株主(一般的には創業者)と同じ地位に立つことになるため、経営を一生懸命頑張って、IPOを果たした方が良いという発想になりやすくなります。
そうなれば、株主と雇われ経営者が同じ方向を向いて努力できるという状況になり、エージェンシー問題が発生しづらくなります。
しかし、そう上手くいかないのがベンチャー経営です。
なぜなら、雇われ経営者が得るストックオプションは不確実性が高く、かつ、金額的にも大した額ではないからです。
雇われ経営者がストックオプションをもらっても、IPOが実現できなければほとんど価値のない資産となります。
そして、IPOを達成するベンチャーは極めて少数なので、利益を得られる確率はとても低いです。
また、先々IPOを達成して株式を保有するに至ったとしても、雇われ経営者はインサイダー(内部者)に該当するので、株を売ることができる時期が限定されています。
さらに、仮にIPOなどを達成して株式を売れる時期が来たとしても、その利益は1000万円~3000万円程度になることが多いです。
一般的にはIPOまで3~5年かかりますから、労働した期間や取ったリスクの大きさを考慮すると大した金額ではありません。
一方で、創業当時から株を保有している創業株主は、IPOに成功すると数億~数十億の利益を得ます。
そうなると、本人と雇われ経営者ではインセンティブの強さに大きな違いが出てくるので、なかなかこの制度は上手く行きません。
もちろんストックオプションを発行しないよりは発行した方が良いですが、発行したところで劇的な効果は期待できないという程度の方法です。
他にもインセンティブ構造を利用して同じ方向を向いて努力できるようにしようという制度はありますが、私が知る限りエージェンシー問題を解決できるほどの方策はまだ見つかっていないと認識しています。
たぶん今後も、完全に解決することは不可能だと思います。
ペナルティとは、代理人が何らかの利益相反行為を行った場合に、ペナルティ(罰)を課すことでエージェンシー問題を防止しようという策です。
これはビジネスにおいてはよく用いられる方法です。
例えば、多くの契約書には、損害賠償条項や違約金条項というものがあります。
これは、業務委託契約・請負契約・顧問契約・その他取引契約でよく見られる条項ですが、一種のペナルティ条項です。
何らかの契約違反を行った場合は、それに見合う損害賠償責任・違約責任を負ってもらいますよという脅しのようなものです。
もちろんペナルティ条項には抜け穴もあるので、エージェンシー問題が完全に解決されるというわけではありませんが、ある程度効果のある防止策だと思います。
ということで今回はエージェンシー問題について解説させていただきました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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内容に応じて担当者がお返事させていただきます。