本連載では、ビジネスで活用できそうな経営学理論や重要なキーワードをご紹介しております。
今回は、M&A契約においてよく登場する重要条項について解説していきます。
様々な条項があるため、前編と後編に分けて解説していきますが、本記事は「前編」でございます。
なお、本記事で使う用語は、以下の定義で使用しています。
キーマン条項とは、M&Aにおける売手の重要人物(キーマン)について、M&A後も一定期間対象会社に存続してもらう義務を売手に対して課す条項のことをいいます。
ここで重要な点は、売手(一般的には対象会社の株主)にのみ義務が課されているという点です。
M&Aはあくまでも売手と買手の契約なので、売手と買手(個人・法人両方あり得る)にだけ契約上の義務が発生します。
そのため、M&A契約の当事者ではない対象会社の従業員(M&A契約との関係では第三者に該当する)に対して一方的に義務を課すことはできませんし、効力もありません。
ややこしい話ですが、法的にはかなり重要な点です。
つまり、M&A契約内にキーマン条項を設けて、キーマンの勤続を義務化したとしても、当該キーマンが対象会社の従業員という立場であるならば、キーマン自体には何の義務も発生しない(いつでも辞められる)ということです。
そして、キーマンが仮に退職してしまった場合は、契約義務違反の責任を負うのは売手です。
その場合は、売手である対象会社の株主等が、買手に対して、損害賠償又は違約金を支払うということになります。
キーマン条項を入れる目的はまさしくこの点にあると考えられています。
すなわち、買手にとって重要な人物(対象会社で中核となっているメンバーなど)にすぐに辞められると、M&Aをした目的を達成しづらくなるということがよく発生するので、せめて損害賠償や違約金という形でリスクヘッジしておきたいのです。
そのためにも、キーマン条項に付随する形で、損害賠償の予定金額の設定をしておくべきだと思っています。
その方が双方にとってリスクの最大値を予想しやすくなるので便利です。
一方で、売手としてはキーマン条項がある事自体がリスクになり得ます。
対象会社の誰がいつ辞めるのかは、売手にはコントロールし辛い事象だからです。
そこで、キーマン条項の期間設定を極力短くするという対応をとることが多いです。
一般的には、キーマンが代表取締役及び取締役等の重要役職であれば2年以内、管理職で1年以内、その他社員で半年以内という制限を設けて、リスクが発生し得る期間を調整します。
MAC条項とは、「Material Adverse Change 条項」の略称で、契約締結日からクロージング日(決済日)までの間に、対象会社の経営に重大な悪影響を及ぼす事象が発生した場合に、買手の決済を免除することが定められた条項のことをいいます。
したがって、MAC条項は「買手を守るための条項」です。
不動産取引をしたことがある人はわかると思いますが、不動産にも似たような決まりがあります。
売買契約から、実際の引き渡し(登記)までの間に、例えば地震によって不動産が倒壊したり、火事で消失したりしたら、売主・買主のどっちがそのリスクを負担するのですか?という論点です。
法学上は「危険負担」という名称の論点です。
M&Aでも、似たようなことは起こり得るので、それに備えてどちらがリスクを負担するか決めておきましょうというのがMAC条項です。
では、具体的に「対象会社の経営に重大な悪影響を及ぼす事象」(以下「MAC事由」といいます。)に該当するような事由(出来事)にはどのようなものがあるのでしょうか。
この点ついては、アメリカと日本で大きな違いがあります。
まずアメリカのM&A契約は非常に長い文章で書かれるので、契約書だけで一冊の本ができるくらい分厚くなることがあります。
そのため、MAC条項だけで数ページ割かれることが多く、様々な事由が列挙されています。
一方で日本のM&A契約はかなり短い文章で書かれていることが多いため、MAC条項を設けている契約書であっても、MAC事由を詳細に列挙している契約書は少ないです。
それゆえに、何がMAC事由に該当するのかという点が不明確で、抽象的な内容になっています。
そのような契約書だと、いざMAC事由らしき事象が発生したときに争いになります。
そして、日本の裁判所は、MAC事由に該当する事象について、かなり限定的な解釈を採用していて、対象会社の財政状態に悪影響を及ぼす具体的な事実だけがMAC事由に該当すると解釈しています。
そのため、単に市場の状況が悪化しただけだとか、単に営業利益が予想を下回ったことなどはMAC事由に該当しないという立場を取っています。
以下は判例の引用です。
社会的な不動産市況の下落というような、対象会社であるA社の資産に固定に生じるものではない一般的普遍的な事象については、本件株式譲渡契約書2条2項における譲渡代金の調整の原因にはなる余地はあるにしても、本件株式譲渡契約書6条4号3文(MAC条項)においてA社による表明保証の対象となり解除の原因となるものではないと解するのが相当である
ここで重要な点は、MAC事由には該当しないけども、対価の調整原因(要するに値引きの原因)にはなり得るとしている点です。
この点について実務上の補足をしておきたいと思います。
まず買手視点でいうと、MAC条項をもし入れるのであれば、何がMAC事由に該当するのかをできる限り具体的に、かつ、想定しうるだけ全て書いておくべきです。
それでも尚MAC事由が発生した場合は十中八九争いになるはずなので、解除や支払免除自体は認められない可能性があります。
そこで、最低でも減額事由に該当するように、減額に関する条項も同時に設けておくべきです。
これによって、少なくとも減額交渉ができるようになります。
一方で、売手視点で見ると、MAC条項そのものにメリットがありませんから、極力規定しない方が良いです。
通常M&A取引の交渉では売手の方が立場も強いですから、交渉次第でなんとでもなると思います。
しかし、買手がほとんど見つからず、売手の交渉力が弱い場合にはMAC条項を入れざるを得ないこともあります。
その場合でも、極力MAC事由を限定的に列挙して、リスクを明確に認識できるようにしておきましょう。
アーンアウト条項とは、クロージング(決済日)からの一定期間で、あらかじめ合意した経営目標を達成したことを条件として売買代金の残金を支払うという条項です。
ほぼ確実に達成できる目標を条件にするなら単なる分割払いに近い条項になりますが、難易度の高い経営目標を条件にするなら、実質的な値引き・減額を意味する条項になります。
そういう意味で「条件付き分割払い条項」みたいなものです。
この条項は、買手と売手で、M&Aの対価について折り合いをつけるために生み出された調整条項です。
アーンアウト条項を入れておけば、買手としては一定の経営目標が達成された段階で対価を支払えば良いので、ある程度高値掴みをするリスクをカバーできます。
一方で、売手も経営目標さえ達成できれば残金を貰えるので、自分の会社の価値や業績に自信があるなら問題ない条項といえます。
このアーンアウト条項で難しい論点は、どのような経営目標を設定するのかという点と、その経営目標をいつまでに達成するのかという2点です。
以下、それぞれ解説していきます。
売手と買手が双方納得できるような経営目標を見つけ出すのはかなり難しいことです。
例えば、経営目標を「売上」にしてしまうと、売上さえ出せば良いということになりますから、売手としては様々な手段を講じて売上を「作ろう」とします。
しかし、売上を形式的に作ったとしても、それがただの売掛金で回収がほとんどできないようなものであったならば、アーンアウト条項を定めた意味がなくなります。
そこで、経常利益や純利益を目標にしてみたとしても、形式的な売上を作るリスクは変わりませんし、あの手この手で無理な経費削減を行うことでも見せかけの利益を作ることができます。
そのような潜脱行為を回避するために、キャッシュフローに着目して、あくまでも着金ベースでの経営目標を設定するという方法もありますが、ここまで来ると売手側が顧客の信用リスクまで背負うことになるのでなかなか受け入れられない条件となってくるでしょう。
いずれにしても、売手としては対価をもらうために経営目標を必死で達成しようとするでしょうが、それが買手にとって本当にプラスの結果を生むのか、という点をよく考えないといけません。
このような論点を解決するためにも、アーンアウト条項を定める場合は、双方が納得できる経営目標の定め方が極めて重要になってきます。
何を経営目標として設定するのか、そしてどのような例外を認める又は認めないのかを明文でしっかりと規定しておくべきです。
両者が同じ方向を向いて相互に努力できるような経営目標を掲げることが理想ですが、それを見つけ出すのは容易ではありません。
双方にとって良い経営目標を見つけたとしても、それをいつまでに達成するのかという点についてはまた別の論点になります。
1回の条件達成で残金を全て支払うという内容にするのか、それとも数年間かけて目標を段階的に達成していくことを想定して、数年間に分けて分割払いをするタイミングを作るのか。
様々な期間の定め方、規定の仕方があるので、条件と対価次第で熟考する必要があります。
ただし、売手の視点でお話すると、あまりに長期に及ぶアーンアウト条項は、将来発生しうる不確実性リスクを全部引き受けることになってしまうのでオススメできません。
将来の不確実な事象に基づいて対価が支払われる条項というものは、買手には有利ですが、売手にはあまりメリットがないのです。
売手としては、長くて1~2年程度で完結する目標にしておくべきで、3年以上なら長期間の不確実性リスクを背負う覚悟が必要です。
そして、仮に長期間に及ぶアーンアウト条項を設けるのであれば、その不確実性に対する対価も含めて請求すべきだと思います。
すなわち、支払われるかどうかわからない期間が長くなるなら、その分対価を増額してもらわないと公平ではないということです。
この点を売手・買手でよく考えて、双方にとって妥協できる点を見つけないといけません。
ということで今回はM&A契約の重要条項について解説させていただきました。
後編も近日中に執筆する予定ですので、もしお時間あれば御覧ください。
それでは、本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
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