ベンチャーの中でも珍しい職種として「内部監査」があります。
IPOの蓋然性が高くなってきた段階で設置されるポジションですが、その実態はあまり知られていません。
そこで今回は、ベンチャー内部監査の業務内容、求められる適性、活かせる資格などについて解説していきます。
今日はベンチャー企業では珍しい職種である「内部監査」について解説していきます。
内部監査室を正式に設置している企業は、ベンチャーの中でもIPOの蓋然性がある(N-1~N-2くらい)企業なので、ベンチャー全体で見れば少数派です。
そのため、募集人数も少ないですし、転職市場に出てくる人数も少ないです。
しかし、とても重要な役割を担っている職種でもあるので、今回はその業務内容や求められる適性、活かせる資格などについて解説させていただこうと思います。
そもそも内部監査という職種は、他の経営管理部門の職種と比べてもかなり特殊で、あまり聞き慣れない人も多いと思いますので、内部監査の役割からお話していこうと思います。
まず、株式会社の最高責任者は、代表取締役社長です。
そして、その代表取締役は、株主から会社の経営を任されている立場にあります。
この「任されている」という状態は、契約の性質でいうと「委任契約」となりますので、代表取締役は会社の経営に対して善管注意義務を負っています(会社法330条・民法644条)。
ここでいう善管注意義務とは、一般的な従業員が負う注意義務よりも高度な注意義務を意味します。
したがって、代表取締役は、自社において不正や不祥事等が発生しないように、それを未然防ぐ努力までしないといけません。
その義務の履行方法の一つとして「内部統制構築義務」(会社法362条5項、同条4項6号)というものがあります。
この義務を簡単な言葉で説明すると、会社内部のリスク管理体制を整えて、不正が起こらないようにしっかりと管理しなければならないという義務です。
IPOを目指すベンチャー企業であれば、必ず果たさないといけない義務なので、ベンチャー企業の多くもいずれはこの義務を履行する時が来ます。
しかし、代表取締役は、会社の経営も行っているため、すべての取引やすべての社員に目を配ることは現実的にはできません。
そこで通常は、代表取締役の代わりに会社内部の取引や各種の営利活動について、監査(適正な業務執行が行われているかをチェックすること)を行う担当者を置くことになります。
それが内部監査という役職です。
内部監査は、代表取締役の代わりに社内のあらゆる活動に目を光らせ、会社内の問題点を見つけ出してくる役割を担っています。
ここまでが一般的なお話です。
上場しているような大手企業であれば、ほぼ間違いなく内部監査室が設置されていますし、名称が異なったとしても同様の役割を担っている部署があります。
そのため、大手企業に勤めていた方にとっては、名前くらいは効いたことがある部署・役職だと思います。
では、この内部監査という職種が、ベンチャーという特殊な世界でどのような業務を行っているのかについて、解説していきましょう。
ベンチャーの内部監査の業務は、以下の2つの業務に大別できます。
これら2つの業務は、完全に分離しているわけではなく、密接不可分の業務です。
そのため、内部監査として配属された場合は、どちらも知っていないといけませんし、どちらの業務もこなせないといけません。
ではそれぞれの業務について簡単説明していきます。
会計監査業務は、自社の会計処理が適切かつ効率的に行われているかを監査する業務です。
この業務は大手企業の内部監査であっても、ベンチャーの内部監査であっても同様に発生します。
ただし、ベンチャーの内部監査の場合は、原則として指摘事項が山程ある状態です。
なぜなら、まだIPOを達成していないことがほとんどだからです。
IPO済み(上場済み)のベンチャーであれば、主幹事審査も東証審査もパスしているでしょうから、ある程度ちゃんとしています。
しかし、まだIPO準備段階のベンチャーは、様々な内部統制を構築している最中なので、会計処理も適切ではない部分があったり、非効率だったりします。
そのすべてについて指摘をすることもあり得るかもしれませんが、おそらく一冊の本が書けるくらい指摘事項が多くなると思いますので、通常は毎年少しずつ改善していく形になります。
大手の内部監査の場合は、監査を行って、指摘事項をまとめて内部監査報告書を提出するという段階で仕事が終わると思いますが、ベンチャーの内部監査の場合は、そこから更に一歩進んで、一緒に内部統制を構築していきましょう!という姿勢が重要になってきます。
そもそもベンチャーの経営管理部門は人数が足りていないので、職種に関係なく全員で内部統制を整えないと間に合わないのです。
そのため、ベンチャーの内部監査になる場合は、自分の職務範囲ではない事項についてもお手伝いする気持ちでいた方が良いと思います。
どの程度整っていないかについてイメージを持っていただくために、あくまでも一般的なベンチャーでの話をしたいと思います。
まだ小規模で、これからIPOを目指すんだ!というくらいのベンチャーの場合、半数くらいは月次決算を適切に行えておりません。
そして、日々の記帳も網羅的ではない可能性が高いですし、記帳ができていたとしても摘要が全く書かれていなくて何の取引だったか不明なものばかりだったりします。
さらにいうと、証憑の保管や管理も杜撰で、どこに何があるかよくわからないということだって日常茶飯事です。
下手をすると、取締役の机の引き出しの奥から去年の領収書や重要な契約書(押印済み)がグチャグチャになった状態で出てきたりもします。
過去に私が見た事例でいうと、半年くらい前の1,000万円以上の請求書(未払い)が引き出しからグチャグチャの状態で出てきた会社がありました。
決算も終わった後だったので、経理がとても怒っておりました。
でも、こういうのもベンチャーの日常の一つです。
きちんと内部統制が整っている大手企業からベンチャーの内部監査に入ると、十中八九カルチャーショックを受けると思います。
なので、ベンチャー企業に入る前に、ある程度覚悟を決めた状態で入社することをオススメいたします。
少なくとも、上場企業の美しい組織体制とか内部統制を「普通」だと思って入らない方が良いです。
ベンチャーは、すべてにおいて「これから整える」という感じです。
だからこそ良い経験が積めるし、面白いのだと思っています。
業務監査とは、会計監査以外の監査全般のことを意味します。
例えば、以下のような項目をチェックする業務です。
など
上記の列挙は一例に過ぎませんが、項目をみてお分かりいただけるとおり、極めて重要な事項です。
そのため、会計監査よりも業務監査の方が重要度は高いと思っていただいて良いかと思います。
というのも、会計監査の方は、別途会計監査人による外部監査や監査役による監査役監査があるため、ある程度担保されるのです。
しかし、業務監査に限っては、内部で働く人間の方が深く調査ができるので、内部監査人が見落とすと、会計監査人も監査役もおそらく見つけられないでしょう。
そのため、内部監査人にとっては腕の見せ所でもあります。
なお、業務監査については、弁護士資格を保有している人や法務経験が長い人の方が向いているかもしれません。
なぜなら、不正を見抜くには、不正のことをよく理解しないといけないからです。
弁護士や法務は、日頃から不正に関する事例をよく目にする立場にいるので、不正を検知する能力も一般の人よりは高いことが多いです。
ただし、あまりに不正を意識しすぎてしまうと、内部監査と事業部との間に大きな溝ができるので、ほどほどにしないといけません。
内部監査の役割の一部には、たしかに不正を発見することが含まれているのですが、それはあくまでも二次的なものです。
より優先的なことは、社内全体の内部統制を整えて、不正が起こりにくい(起こしにくい)仕組みを作り上げることです。
特にベンチャーのような小規模な組織では、犯人探しをメインで行ってしまうと社内の協力体制が得られなくなっていくので、バランスを取った監査を行うことが重要です。
上記の会計監査及び業務監査業務について、ベンチャーでは基本的に1名の内部監査担当がこなします。
多いところで2名体制です。
ということは、人員的に考えてすべての監査を1年で行うことはほぼ不可能です。
そのため、ベンチャーの内部監査では、以下のような手順で内部監査業務を回していくことになります。
以下、簡単にご説明させていただきます。
まず、今年一年(又は半期)でどのような監査を行うべきかについて予備調査を行います。
すべての項目について監査を行う時間も人的余裕もないと思うので、会計監査人や主幹事証券会社のコンサルタントとも相談して、優先度の高い分野を選定していきます。
大抵の場合は、月次決算・四半期決算・年次決算がスムーズに行えるような体制づくりが優先されると思いますので、そのあたりの監査を重点的に行っていくことになるはずです。
そのため、IPO準備の初期段階では、会計監査及び業務プロセスに関する監査がメインになると思います。
次に、内部監査計画を策定します。
予備調査によって明らかになった問題点等をふまえて、今年1年もしくは半期で行うべき監査の対象や時期を計画書にまとめて、それを代表取締役に提出します。
基本的には代表取締役は承諾することになると思いますが、場合によっては代取の意向を汲んで、若干の修正が入ることもあり得ます。
続いて、上記監査計画に基づいて監査を実施します。
このとき重要な点は「事前説明」です。
そもそもベンチャーという特性上、ほとんどの従業員は内部監査という制度を知りません。
そのため、内部監査を「捜査」や「何か疑われているからやられる」という認識で捉えがちです。
このような誤った認識を持たれたままの状態で内部監査を実施すると、余計に話がこじれてしまったり、不正ではない事実を隠そうとしてしまったりします。
そうなるとあまり良い結果を産まないので、内部監査という制度の趣旨などを丁寧に説明して、全社的に協力して整えていこうという方向で意思統一を図る必要があります。
この過程において、ベンチャーの内部監査は人前で話す機会も多いので、コミュニケーション能力も求められます。
ベンチャーの内部監査の場合「指摘事項なし」で終わることはほとんどありませんし、逆に不自然です。
指摘事項が山程ある状態が普通のベンチャーだと思ってください。
それらの指摘事項に優先度を付した上で、内部監査報告書にまとめていきます。
その上で、指摘事項について改善策まで練って提案できるようにしておかないといけません。
ベンチャーとして現実的で、かつ、効果的な提案を行えるかどうかが内部監査の評価を決定づけます。
良い改善案を提案できるようにするためにも、日頃から自社の各部署の情報を集めておくことが重要です。
内部監査報告書が出来上がったら、代表取締役に提出し、報告を行います。
基本的には書類で提出して、かつ、報告会を行いますが、書面だけで済ませる会社も多いです。
このあたりは代表取締役の倫理観次第なところがあります。
内部監査の重要性をきちんと理解して、内部統制の構築を自分の使命だと自覚している経営者ならば、しっかりと話聞いて、すぐに改善行動に出ます。
自分が行った監査によって発見された問題点が、代表取締役の協力によって次々に改善されていくので、とてもやりがいを感じる瞬間になると思います。
個人的な見解としては、ベンチャーの内部監査として働くなら、代表が内部統制の重要性に気づいている会社に行くべきだと思っています。
内部統制の重要性を理解している経営者の場合、内部監査報告書に書かれている事項の優先度が高いものから速やかに改善行動に出ます。
そのフォローを行うのも内部監査の重要な役割の一つです。
内部監査は会計専門職又は法務専門職の経験者が多いで、様々な方面から手助けができるはずです。
自身の業務領域に囚われず、積極的に手伝っていきましょう!
以上が、ベンチャーにおける内部監査の業務の流れです。
もちろん会社によってプロセスは様々ですが、大まかには一致していると思われます。
IPO実現に向けて、コツコツと積み上げていく仕事なので、やりがいは大きいです。
では、上記のような業務をこなすベンチャーの内部監査に向いている人はどのような人でしょうか。
この点について私見を述べていきたいと思います。
まず何よりも「メンタルがタフな人」が向いていると思います。
大手の内部監査とベンチャーの内部監査で共通点があるとすれば、それは、あまり他部署から好かれないという点でしょう。
内部監査は、その業務の性質上他人の間違い探しをする役割なので、どうしても好かれにくいです。
少なくとも、歓迎はされません。
そのような環境で働き続けるためには、タフなメンタルが必要になります。
次に「コミュニケーション能力が高い人」が向いています。
内部監査という職種には、あまりコミュニケーションが得意ではない人も多いのですが、コミュニケーションが苦手なままだと、事業部からの協力が得られず、敵対関係が生まれやすくなってしまいます。
それでは内部監査の目的を達成しづらくなってしまうため、他人を不快にさせないコミュニケーションができる人の方がベンチャーには向いています。
ベンチャーはとても小さな組織なので、事業部の協力なしには内部統制は構築できません。
他人と上手に交渉できる能力は、ベンチャーの内部監査には必須と言っても過言ではないでしょう。
そして「性善説・性悪説を両方持っている人」が向いていると考えられます。
そもそも内部監査というのは、不正や不適切な行為を発見する役割を担っていますので、不正を行う人間の心理を理解できていないといけません。
性善説ですべてを見ていたら、不正を発見できずに終わってしまうことが多くなります。
そのため、心の中に悪い人間を理解できる自分を置いておける人の方が内部監査には向いているでしょう。
最後に「ビジネス全般の知識を持っている人」が向いています。
内部監査は少し特殊な職種で、会計・財務・税務・法務・経営戦略などのビジネス全般の知識を必要とする職種です。
会計に明るければ最低限の監査は可能ですが、それだけだと将来性を考えたときにちょっと弱いと思います。
先々どのレベルのプロフェッショナルを目指すのかで話は変わってきますが、将来経営層として活躍することを志向するのであれば、ビジネス全般の知識を抑えておいた方が良いと思います。
最後に、ベンチャーの内部監査で活かせる資格や学位について述べていきます。
まず基礎的なところとして、日商簿記2級以上、全経簿記1級以上、ビジネス実務法務検定2級以上の知識が欲しいところです。
内部監査は原則として、経理・財務・法務などの経験者が就くポジションなので、最低限の会計・法律知識がないと、その業務を遂行できません。
若手の皆さんの中で、先々内部監査をやりたいと思っている人がもしいれば、まずは基礎的な資格を取得しておくことをオススメいたします。
そしてできれば、日商簿記1級、公認会計士、税理士などを目指したほうが良いと思います。
必須の資格ではありませんが、一通り勉強したことがあるという程度の知識は要求されます。
また、それらの資格を持っていれば、内部監査に留まらず、経理・財務・経営企画などとしても活躍できるため、キャリアの選択肢が極めて広くなります。
その他にも、米国公認会計士やCIA(公認内部監査人)などの資格も有益で、内部監査に活かせる知識を得られると思います。
弁護士資格なども活かせますが、弁護士資格まで取ったら普通は弁護士になるので、ちょっとズレるかもしれません。
次に学位としては、会計系の大学院で監査を専攻して商学修士号を取得したり、経営法学の分野で内部監査を研究して経営法学修士号を取得したりすると有益かもしれません。
しかし、これらの学位については、知識的には極めて有益だと思うのですが、転職市場ではその価値を理解してくれる人が少ないのが現状です。
日本では修士号や博士号の価値を理解できる人がそもそも少ないので、転職という意味ではMBA(経営管理修士号)などの有名な学位の方が効果的かもしれません。
ということで今回はベンチャーの内部監査について解説させていただきました。
ベンチャー業界では、内部監査はかなり母数が少ない職種で、転職市場でもあまり人材が出てこない職種なので、認知度は高くありません。
しかし、IPOとの関係では極めて重要な役割を担っている職種なので、重要性の高いポジションです。
今後、ベンチャーのIPOが再度活発になってくれば、内部監査への需要も高まっていくと思いますので、もし興味がある若手の皆さんがいれば、今のうちから資格や学位を狙っていきましょう。
では次回は、監査役について解説させていただこうと思います。
お楽しみに!
WARCで働きたい!WARCで転職支援してほしい!という方がもしいらっしゃれば、以下よりメッセージをお送りください。
内容に応じて担当者がお返事させていただきます。